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一章 シュットキエル 11 若者の次に

・・・十一・・・


 ヨードル家の前では、バーブルが石段に腰掛け、やわらかい日差しの中で父の役目の終わり待っていた。頭上からは鐘の音が降って来る。塔に入るのをまだ許されず、ドレルライン地方に伝わるシュエードを弾いていた。娘と見間違いされるような横顔と白い指先。目を閉じ頭に浮かぶ旋律を奏でるには、額にかかる長い前髪は邪魔にはならなかった。しかし美しい音色と裏腹に心を満たしていたのは、この頃すっかり笑顔が消え、暗くうち沈んだ顔で酒を飲むようになった父親の姿だった。葬送の鐘を鳴らす苦悩が父親を変えたのを感じていた。

 近づく馬車の音を聞きシュエードを弾く手を止めた。坂をあえぎつつ馬車を引く老馬の息遣いが耳に届く。眩しさに耐えながら目を開けると、真っ直ぐやって来る赤服の使者が見えた。以前少し憧れた若い使者ではなかった。くたびれた感じの老人が手綱を握っている。久し振りに見る使者に、バーブルも村人達と同じ違和感を抱いた。

「ちょっと訪ねたいが、ここはヨードル殿の家かな?」

 使者が粗末な馬車の上から声を掛ける。くたびれたように見える初老の男は、意外にも背筋はしっかりと伸び、鋭い眼光をしている。目をそらさずに見返すバーブル。

「そうですが、父に何か用ですか?」

「父?お前はヨードル殿の息子か・・・。わしは父親に大事な用があってセレヘーレンから来た。呼んでくれないか?」

「父は搭に上っています。鐘を鳴らし終えれば降りて来ます。もう少しお待ち下さい」

 その言葉を裏付けるように、頭上から鐘の音が聞えてきた。さっきまでは昼時間を告げる鐘の音だったが、今度の鐘は違っていた。セレヘーレン・テスを持った使者の到来を知らせる鐘になっていた。搭の上から使者の姿を見つけ、村人達に教えるために鳴らしたのだ。

 村人達が鐘で知らされるまでもなく、馬車からこぼれた埃の筋を追って、ヨードル家に辿りついた。さらに鐘の音で知った者も加わり、思った以上の人数になった。しかし歓迎する熱気はなく、むしろ不幸をもたらす者として、老いた使者を冷ややかに見ていた。親達が言い聞かせたのか一人として子供の姿はなかった。

 役目を終えたヨードルが両手で髪の毛を逆立てながら姿を現した。服は汗に濡れて体に張り付き、顔を拭いた布を首に掛けていた。バーブルが使者の訪れを告げた。

「あなたがヨードル殿か?」

「いかにも・・・」

「そうであれば用向きを告げよう」

 馬車を降りて待っていた使者はヨードルと確かめると、おもむろに鞄からラッパを出し、そのまま口に押し当てた。それは見慣れたセレヘーレン・テスを渡す時の仕草だった。

「待て!ちょっと待ってくれ!」

 大声で使者を止めた者がいた。

「わしの邪魔をしないでくれ。あんたはわしの役目が何か知っているだろう」

 使者は穏やかに抗議した。その視線の先に濃い眉毛と口ひげをたくわえた大柄な体のハンスがいた。腕組みをして一歩前に出て来た。

「その格好を見れば誰にでもわかる。あんたの役目を知った上での忠告じゃ。そうそう、わしは世話役のハンスだ。止めたのは誰にセレヘーレン・テスを渡そうとしているのか聞きたかったからだ。バーブルはまだ十六で受け取るには早過ぎる。五十過ぎのヨードルにも縁遠い話じゃ。だとするとこの家でラッパを吹いてどうするのだ?受け取るべき者はここにはいない。吹けばあんたが恥をかく。わしは間違いを教えないほど意地悪い男ではない」

 ハンスはよく通る声で諭すように言った。セレヘーレン・テスに嫌悪感を持っているが、その憤懣を使者にぶつける性分ではなかった。

「いいや・・・間違いではない。確かに今まではあんたの言葉通りだった。だが国法が変わり、こうしてセレヘーレン・テスを届けに来たのじゃ」

 使者は年齢の繰り下げはなかったものの、過去に何がしかの手柄を立てた者には、五十を過ぎてもセレヘーレン・テスを届けると説明した。年齢を下げて少年を集めるより、経験豊かな老兵の方が役立つ理由からそう決定されたと付け加えた。

 ざわめきが起きた。初老の男を呼び出すほど戦況が悪化しているとは誰も思っていなかった。息子を送り出している家族は言いしれぬ不安に襲われた。妻は夫に寄り添い、夫は妻を抱きしめた。互いの温もりで少しでも不安を薄めたかった。

「おい、使者のお方。あんたに申し入れたいことがあるが・・・聞く気があるか?」

 沈んだ空気を無視してハンスが口を開いた。

「なんなりと」

「あんたの手間を省いてやろう。村の主立った者がここに集まっている。思うに今回のセレヘーレン・テスは、一人だけではないのだろう。ヨードルと同年齢で、あんたの言う国法に当てはまる者が他にもいるはずだ」

「おっしゃる通りです」

「その者達にもセレヘーレン・テスを届けるのか?」

 初老の使者はハンスの言わんとしていることを察した。彼は肩に下げた鞄を開けると、紐で封じられた巻紙を三個取り出してハンスに見せた。それは今では『死への招待状』と陰で言う者が多い、見慣れたセレヘーレン・テスだった。

「あんたの推察通りだ。この場に及んで嘘や隠し事は言わない」

「正直な男だ。それならばここで読み上げろ。あんたは顔がわからないだろうが、わしが思うにその受け取り者は三人ともここにいるはずだ」

「わしには有り難い申し入れだが、国の決まりでは各家を訪問して渡さなければならない」

「堅く考えるな。どうせ戦場へ狩り出されるのだ。ここで一度に言えばあんたも楽だろう。それに、皆の前で言われても、慌てふためく弱い者でもあるまい」

「そうだ、そうだ。ここで言ってしまえ」

 滅入った気分を晴らしてくれそうな展開に村人達が気勢を上げる。

使者はちょっと考えていたが、

「仕方ありませんな。それではこの場で申し上げよう。セレヘーレン・テスの文面は一緒だ。お名前だけを申し上げるが、・・・・本当によろしいのだな・・・」

 使者の口調は若者のような挑戦的な物言いではなく、老いた年齢に相応しい落ち着いたものだった。村人達の高ぶった気持ちを受け流す度量があった。

「ああ。この村では隠し事はできない。そうだろう」

 村人達がうなずく様子を見て使者も決心した。役目からすると規則違反だが、押し問答するよりましであった。決まりとしてラッパを吹いたが、誰も耳を押さえ聞こうとしなかった。曲が勇ましいだけに、余計にいまいましさを駆り立てられるからだ。

「汝を名誉ある戦いに召集するものなり。汝の力、勇気を必要とする時がきた。余は汝をセレヘーレンにて待つであろう。  ショコラム王国 国王 ショコムラム・アーバンハイツ」

 何度も聞き慣れた文面だった。使者は文章をそらんじており、若い使者のように力強く読み上げることもなく、抑揚もつけず淡々とした口調だった。それでも名前を読み上げる時だけは、顔を上げた。

「ヨードル殿、トカレイ殿・・・・そして・・・」と使者は一息つき、

「ハンス殿・・・あなたです。今日を含めて十日後に出発となります」と告げた。

 ハンスは自分の名を呼び上げられても驚かず、じっと目を閉じて聞いていた。

・・・やはり思った通りだ・・・

 三人は若い頃同時にセレヘーレン・テスを受け取り、今でも語り草になるほどの輝かしい手柄を立てた。敵対する双方の国が戦死者の続出する激しい戦いを避け、できるだけ話し合いで解決していた平和な時代には、望んでも剣や槍を交える戦場に出られなかった。命令を無視しそうな血の気の多い若者にはセレヘーレン・テスは届かなかった。力があって冷静な対応ができる者だけが短期間だけ任務についた。そんな時代だからこそ呼び出されるだけで名誉とされ、村の英雄として尊敬されたのだ。他にも呼び出された者もいたのだが、三人のような戦場での幸運は手に入れられなかった。

 今はその頃と状況が一変していた。憎しみが憎しみを呼び、激しい戦いとなって戦死者が多くなって、セレヘーレン・テスは忌むべきものとして受け取られるようになっていた。

「おい!セレヘーレン・テスを受け取って、すぐに出発するはずではないのか?あんたと一緒に行くのだろう。十日後なんていうと、逃げ出すかもしれんよ」

「それはないと確信しておる。もちろんわしも一緒に行く。若者と違ってそれぞれの役目があるだろう。それを誰かに引き継ぐ必要があるはずだ。そのために十日後の出発になっている。国もその位考えている」

「十日間で引き継げるほど、わしらの役目は簡単ではない。しかし・・・まあ・・・いい。あんたに言っても仕方ないからな・・・みんな、安心してくれ。わしらが戦場へ行って青い奴等を助けよう。力はいささか衰えているものの、悪知恵は何百人分もあるからな」

 ハンスが村人達に聞かせる風に大声で言った。場を明るくして少しでも望みを抱かせたいとの思いからだ。村人達はこの言葉に笑ったが、心からの笑いには程遠かった。

 


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