九章 二つの戦い 108 連合軍
・・・四・・・
村はずれの広地では思った通り、ソイジャルとドニエリの部隊が集合し、戦いの準備をしていた。片隅に置かれた荷車には、戻すはずの略奪品が荷造りされて積まれている。最初から家に戻すつもりはなく、コボスを討ち取ったらそのまま持ち帰る決心を示していた。
「おい、二人とも無謀な考えは棄てろ。コボスの奴に言われた通りにするんだ」
「ザイラル、コボスに言われて止めに来たのであれば無駄な努力だ。わしらには戦って勝利する以外、生き残る道は残されていない。相手はたかだか百人前後で、わしら二千人が完全武装で戦ったら負けるわけがない。最初の一撃で奴を血まみれの無残な姿にして、この地で永遠に眠らせてやる」
「そう簡単にはいかない。戦いは二千人対千百人になる。難しい戦いになるぞ」
「?千百人?コボスの味方をして我々と戦う気か・・・」
「本気ならお主といえども容赦しないぞ!」
戦いを前にして殺気だっているソイジャルは、剣を抜こうと柄に手をかけた。
「まあ、待て。お前は気が短い。ザイラルの話も聞いてみよう」
冷静なドニエリがソイジャルの手を押さえた。
「ザイラル、わしらの内輪揉めはコボスの思うつぼだ。お主がコボスを恨んでいるのはわかっている。財宝話でわしらを騙してここまで引きずり込んだ企みを、もうとやかく言うつもりはない。わしらも考え抜いて一つの結論に達した。それはコボスを亡き者にすれば全てがうまく収まるのだ。奴に見られた略奪行為もヘドロバ様に伝わらない。確かにお主を負かしたコボスは強い。しかし・・・いくらコボスが強くても、二千人の部隊が百人足らずの小部隊に容易く敗れるなど有り得ないことだ。たかだか百人程度の部下しか連れて来なかったのは奴の油断だ。見逃す手はない」
ドニエリは軍人らしく戦いの行方を解いて見せた。兵士数に圧倒的な差のある部隊同士が戦う場合、少数の部隊が勝利するのは奇襲に頼るしか方法がない。コボスが突然眼前に現れた時が二人にとっては最大の窮地であり、それから逃れて部下を率いての戦いに持ち込めたことで勝利を確信した。
「ドニエリ、相手が普通よりちょっとばかし強い男であれば、わしは何も言わない。だがな、奴の強さはお主達の想像を遥かに超えている。悪い事は言わない。二人が何も持たないで逃げれば助かる余地がある。コボスもそれを認める口ぶりだった。部下達を破滅に追いやらないためにもそうしたらどうだ?」
「ザイラル、逃げ出すのは簡単だが、わしらは二人とも生粋の軍人で名誉を重んじる。生き長らえるだけの決断はできない。それに部下達もわしらを批判せず、一緒に戦う道を選んだ」
二人はザイラルの説得にも耳を傾けなかった。兵士の士気が少々低くても、戦いになれば鍛えられた軍人魂に火がつく。そうなれば兵士数が勝敗を分ける。彼等は二千人の兵力を抱えているのだ。負けるはずがないと考えたからこそ集合ラッパを吹かせ、部下を集めてコボスに反旗を翻し、後戻りできない立場に自分を追い込んだのである。
「そうか・・・そう決めたなら引き止めるのは無理だな。もう何も言わん」
「ところで、ザイラル。お主に頼みがある」
「何だ?」
「お主が奴に加勢すると、わしらにはほとんど勝てる希望はない。お主の部隊は何も手出ししないで戦いを傍観してくれないか?」
ザイラルはドニエリの申し出の意味がわかった。ザイラルの部隊一隊だけでも、彼等の連合軍と互角に戦える力を持っている。その部隊が様子見の立場をとるかどうかで、戦局が大きく違ってくるのである。
ザイラルの頭が計算を始めた。
・・・どのみちこやつらはコボスの敵ではない。だが兵数が圧倒的に違う両軍がぶつかれば、奴の部下も少なからず死んだり傷ついたりするだろう。少し位は・・望み薄だが、コボスも傷つくかも知れない。そこをわしが襲えば、コボスといえども倒せる見込みがある。わしの部下千人と二人の部下二千人。コボス一人を殺すために三千人が死んで構わない・・・。逆に読み通り一方的にドニエリ達が負ける展開になれば、頃合を見てコボスに味方をして二人を討つ。奴は加勢を断ったが、勝手に参戦するのを止められないだろう。お気に入りのコボスを救えば、ヘドロバ様も悪く扱えないはずだ。どちらに転んでもわしには好都合だ。二人の先走りでこんなに早く本隊に復帰する道が開けるとは思ってもみなかった。運がいい・・・。説得して奴等が心変わりでもしたら面倒だ。ここはできるだけ穏やかに対応しよう・・・
「わかった。二人に協力しよう。どうすればいいのだ?」
「まずわしらにお主の部隊が同行することは遠慮してもらう。わしらはこの道を真っ直ぐ進む。ここから二レキント(二キロ)離れた場所に緩やかな起伏の牧草地がある。騎馬兵や大人数の軍勢での戦いに向き、わしらはコボスの騎馬軍団をそこで待ち受ける。逃げ隠れできる場所はないが、奴は必ず現れるだろう」
「一気に決着をつけるのか?」
「そうだ。邪魔者はいない。お主の部隊はもう一度広場に戻り、違う道から戦いの場所にできるだけゆっくり進んで来てくれ。強いお主の部隊が姿を見せると部下達が安心して戦意が鈍る。まあ・・・お主が来た時には戦いは終わっておる」
「わかった。力づくで止めたいが、もう止まるまい。しっかりやれ」
ザイラルはレヨイドの考えと違って、余程の幸運が訪れない限りコボスの勝利に終わると予想していた。しつこく考えを変えるように説得しなかったのは、二人の破滅への運命と自分の運命を交差させ、閉ざされそうだった未来を切り開くためであった。ヘドロバの怒りを鎮めるには生贄がいるのだ。それが最初はコレーション将軍であり、仕上げは二人の部隊長の命なのである。生贄が多ければ多いほど悪魔はその怒りを鎮めると思った。
ザイラルは部隊を反転させると前進を命じた。ドニエリ達に同行しないとすると元の広場に戻り、それから大きく迂回して牧草地に向かうしかない。戦いの中で優劣を見極め、絶妙な時機に勝者に味方して自分の価値を大いに高めるには、両軍が激突する前に戦いの場所に着かなくては意味がないのだ。
ザイラルは彼等の視野から消える場所まで来ると行軍速度を最大限にさせ、ドニエリの言った牧草地を目指した。歩兵を置き去る形で馬を全力で駆けさせていたが、牧草地からはまだ突撃ラッパも喚声も聞こえず、戦いがまだ始まっていなかった。
小さな丘が見えてきた。その丘を越せば一面が緑に覆われた牧草地だ。ザイラルはこれから始まる戦に胸を躍らせ、丘に駆け上がった。レヨイドもすぐ後を追う。
「ザイラル様、これは・・・・」
「うむ・・・間に合ったようだ」
「コボス様はあの位置で正面の部隊と戦うつもりなのですか?余りにも無謀な兵士の展開をしています」
ザイラルもレヨイドの言葉に頷いた。
二人が見下ろす先には牧草地が広がり、コボス軍がザイラル軍に背を見せる格好で布陣していた。
コボス軍の布陣場所から三百レンド(三百メートル)位であろうか、そこから先が緩やかな上り坂となり、ザイラル達がいる丘と対になる丘があった。その丘の上にはソイジャルとドニエリの率いる連合軍が、二百レンド(二百メートル)程度の間を置いて、それぞれが横長に布陣していた。
ザイラルの見るところ、連合軍の作戦は左右の陣から兵を繰り出し、コボス軍の戦力を見極めた後は一気に丘を下って殺到する作戦のようだ。
コボス軍はどういう意図か読めないが馬を下り、二十人が横に並び、縦五列になって連合軍と対峙していた。一人一人の間隔も十レンド(十メートル)以上も離れており、およそ戦いを目前にした軍隊の配置とは思えない。ただどこで手に入れたのか、全員が自分の背丈より大きな盾を持っていた。
コボスも部下達と同様に馬から下りていた。彼は列の一番後ろで剣を地面に突き刺し、その柄に組んだ両腕を置き、更にあごを乗せていた。
「コボス様は何故馬から下りられたのですか?兵力が少ない上に、あれでは戦う前から勝負を投げ出したようなものです。兵達が逃げないのが不思議な位です」
「悪魔の考えは見当が付かない。今は奴の出方を見守るしかない」
「それにしても・・・百人足らずの軍から何か不気味なものを感じます」
「そうだろう・・・しかし、ドニエリ達はもう後戻りできるまい」
「我々の部隊はどうさせますか?」
「そうだな・・・」
ザイラルは考え込んだ。
・・・連合軍のような横長の布陣は裏切りを思わせる。そうかと言って縦長の布陣では、万が一コボス軍の負けが見えた時に突入するのに時間がかかる。短時間では陣の立直しが難しいか・・・
「コボスからはわしらが上って来た斜面は見えない。その斜面に騎馬隊を横長の陣形にして馬上で待機させろ。弓、槍、歩兵は丘の上で縦長に展開するのがいい。皆に前面の戦いがどんな状況になっても、わしの命令無しで動かぬよう徹底しておけ。歩兵が飛び出さないように弓隊を前面に張り付けておくのも忘れるな」
ザイラルは決断した。すぐにレヨイドが指示された通りの陣形に変えさせるため馬を走らせる。彼はザイラルが決めた陣形について考えたかったが、それ以上に眼前で今から始まる戦いの方に心を奪われていた。
ドニエリとソイジャルの連合軍は堂々たる陣組みで戦機が熟するのを待っていた。大兵力で優位な坂上に展開し、負ける要素はどこにもない。
部隊長の二人は馬上で自信に溢れた表情をしていたが、兵士達の戦意は高まっていなかった。霧が晴れそうで晴れない時、何かを思い出しそうで思い出せない時に似たもやもやした気分であった。少数のコボス軍相手で勝利を確信していたが、自国軍同士の戦いに顔を曇らす者が多かった。
彼等は村人と後味の悪い戦いを振り払うために、敵国の正規軍と真正面からぶつかりたかった。しかし、本隊から欲につられて引き返した時から、ヘドロバの呪いとまでは言えないが、戦いの神との相性が悪くなっているのを知る由もなかった。




