八章 ライクレス 103 仮面軍到着
・・・十一・・・
レヨイドの持ち上げに気を良くしたところで、ザイラルは顎をしゃくって無言の命令を下した。それを見逃すはずもなく、
「待ちに待った命令を出されたぞ。火をつけろ。オクキタヨ軍の恨みを晴らすのだ」
と、レヨイドが大袈裟な仕草で手をぐるぐると回した。
「よし、一人残らず焼き殺してしまえ!」
それまで櫓を取り囲んだまま手持ち無沙汰気にしていた兵士達に活気が甦った。片手で数回松明を回すと、体の反動を使って山と積まれた焚き木に向かって投げ付けた。勢い余って櫓の壁に当たって何本かは地面に落ちたが、多くは焚き木の隙間に吸い込まれた。やがて白い煙が立ち上り始めたと思う間もなく、激しい炎となって一気に燃え上がった。
「わっはっは!実にいい眺めじゃ」
ザイラルは椅子に腰掛け、まばたきもせずに炎に包まれた櫓を見ていた。あのカラーイとかいう者の記憶力には舌を巻いたが、まだ記憶に鮮明に残るライクレスを仕留めたのは、遠征での何よりの成果であった。会ってみたい気持ちもあったが、踏み出す勇気がなかった。その場で過去のことを笑われ罵倒されたならば、二度と立ち上がれないほどの痛手を受ける気がしたのだ。
・・・燃えろ、燃えろ。消せなかった過去の悪しき記憶が、目の前で消えようとしている。ライクレスだけでなく、経緯を知る村人どもをこうもうまく始末できるとは・・・
櫓の中から逃げ出そうとする村人は誰もいず、悲鳴も聞こえなかった。
「恐怖のあまり声も出ないのか!」
悲鳴が聞こえないのは不満だったが、それを補って余りある光景を目にし、天にも昇るほどの高揚を覚えた。
「連中は髪の毛一つ残さず燃え尽き、櫓も間もなく焼け落ちます。これで我々の戦いは終わります。まずはおめでとうございます」
傍に控えるレヨイドがザイラルに水を向けた。自分の感情をめったに出さぬザイラルが、傍目に分かるほどに頬を緩めることは多くなかった。
「・・・読めるのか・・・わしの気持ちが・・・」
「はい。コボス様に警護役をお譲り後、初めて心から喜んでいらっしゃいます。もっと堅固な城を攻め落とされた時以上のお喜びが、私には不思議に思えます」
「是非お教下さいか・・・レヨイド。お前の言葉はこうであろう」
「はい。先に言われました」
「教えてやりたいが、こればかりは言うわけにもいかぬ。わしの喉に長年ずっと引っ掛かっていた小骨が取れたと思ってくれ」
ザイラルの目が向けられた櫓は、一本の巨大な松明と化して、火の粉を飛び散らせながら、ごうごうと音を上げながら燃えていた。兵士達は炎に炙られ、熱さから逃れるために徐々に後退した。ザイラルは火の粉を浴びても気にする様子も見せず、むしろ快感を覚えて、燃え上がる櫓を見つめていた。
「もう少しじゃ、もう少しじゃ」
とうとう櫓は轟音を上げて崩れ落ちた。地面にぶつかって細かく砕けたが、村人の怨念が乗り移ったかのように、小さくなってもまだ炎を激しく上げていた。
「どうじゃ、わしの恨みを思い知ったか!」
ザイラルは足元に転がって来た木片を、足で地面に押し込むように強く踏みつけた。
「ザイラル様、急ぎましょう。二つの部隊より早く本隊に合流しなければなりません」
レヨイドはその様子を黙って見守っていたが、いつもの思慮深い顔に戻ったところで声をかけた。部隊には既に出発準備を終えさせていた。
「よし!行くとするか。久し振りに馬を乗り潰す強行軍となりそうだ」
ヘドロバ本隊に追いつくために昼夜関係なく兵士ともども駆け続けなければならかった。辛い行軍になるとわかっていたが、身体中にふつふつと血がたぎる感覚がそれを打ち消した。
・・・こんな思いは久し振りだ。さあ、婆さんの尻を追いかける行軍の開始じゃ・・・
一呼吸で馬に飛び乗ろうと身構えた時、砂塵を巻き上げて一群の騎馬集団が砦内に駆け込んで来た。警護兵が慌てて止めようとしたが、その勢いに呑まれて道を開けてしまった。慌てて歩兵が槍衾を作ろうとしたが、間に合わなかった。騎馬達の方でもザイラルを見つけたらしく、ようやく馬足を緩めてゆっくりと近づいて来た。馬上の兵の顔がはっきりと見え始めた。
「こ、これは!」
騎馬兵全員がコボスと同じ仮面を付けていると知ると、ザイラルは思わず驚きの声を上げた。何とも言えない嫌な予感に襲われ、喉元まで不安が込み上げて来た。立ち眩みがして、よろめいてしまった。
「お前達は味方のようだが、所属部隊名を言え。それに馬上のままとは、無礼であろう」
レヨイドがザイラルを庇う様にして騎馬軍の前に立ち、大きな声を出した。
「止まれ、聞こえぬのか!」
誰何するレヨイドの声を無視するように、止まる素振りは少しも見せなかった。仮面に邪魔されて表情が読めず、騎馬兵達がその言葉をどう受け取ったかが、全くわからなかった。しかし誰も下馬しないところを見ると、レヨイドを全く無視しているのは明らかだった。
「おのれ!こしゃくな・・・。俺の本気を思い知らせてやる。弓隊、構えろ」
ザイラルの前で赤っ恥をかかされた格好のレヨイドは、顔色を変えて弓隊に命令した。すぐさま数十人の弓隊の兵士が一列に並び、弓を引き絞って騎馬兵に狙いを定めた。
・・・どうだ!仮面の下は冷や汗だろう・・・
間違っても外しようがない至近距離であった。レヨイドがそうほくそ笑んだ時、馬群をかき分けるようにして、一人の男が前に出て来た。その男も仮面を付けていたが、一人だけ白仮面だった。レヨイドも見覚えがあった。
「もしやあなたは・・・コ、コボス様ですか?」
半信半疑で聞いてみた。
「だと知ったらどうする?矢を射させるのか?」
押し殺した声が返って来た。不気味な緑色の目が、弓を構えた無礼を咎めるかのように光って見えた。
・・・間違いない・・・コボス様だ・・・
「も、申し訳ありません。弓を下せ、早くしろ!」
慌ててレヨイドは弓隊を後ろに下げさせた。弓隊が下がり、ザイラルは仮面軍と向き合う格好になった。
「ザイラル、焚き火か?」
馬上から見下ろす格好でコボスが口を開いた。
「そんなところですかな」
ザイラルは気のない返事を返した。しかしその返事とは裏腹に、この窮地からどう逃れるかを必死で考えていた。
・・・遊びが過ぎたようじゃ。もう少し早ければ危うかった。それにしてもコボスの奴・・・こんなに早く引き返して来るとは・・・ヘドロバの本隊も近くにいるのだろうか・・・
そう考えたのは馬も兵士も汗をかいておらず、近くから並足で駆けて来た雰囲気があったからだ。幸運だったのはカラーイとの最後のやり取りは既に終わっていて、コボスが真実を知る心配はなかった。櫓の残骸の火も、焚き火程度に小さくなっていた。
「コボス様、ヘドロバ様はまだそんなに遠くまで行かれていないのですか?」
「何故そんなことを聞く?」
「すぐ近くから来られたような気がするものですから」
「勝手に考えろ。それよりこのコルゲリオンは何を狙ったのだ?」
「これは砦を攻めるために使ったのです。戦いも終わり解体するために持ち込ませました」
「戦い?誰としたのだ?敵兵の姿などないではないか・・・」
「敵兵ではありません。反逆者どもです。あの森をご覧下さい。まだ反逆者どもが隠れていると思われます」
「反逆者・・・?・・・反逆者とは?」
「コボス様とも思えませんな。反逆者とは我々に敵対する全ての者です。つまり遠征軍に逆らう者は老若男女全てが敵となります。ヘドロバ様が『鐘に細工をした村人達を許さない』と最初言われました。我々は細工者を特定しようとしましたが、村人達が協力せず、そればかりかオクキタヨ軍を全滅させ、明らかに敵意を示しました。全ての村人達が反逆者です。いや敵となったのです。ヘドロバ様の霊感は的外れではなかったのです」
ザイラルはヘドロバの占い役としての立場を理由にした。ヘドロバの霊感を引き合いに出して、警護役のコボスの出鼻をくじこうとしたのだ。
「そのヘドロバ様が『村人に構うな』と申された。その言葉に背いて、勝手に部隊を引き返したお前達の方が反逆者ではないのか?」
「そうではありません。私がいくら説いても兵士達の気が収まらず、彼等を納得させるために引き返しました。細工者を処罰すれば兵士達の気も晴れます。行軍はまだまだ続き、兵士達に不満を持たせたままでは必ず事件が起こります。私は村人を少しばかし脅して細工者を見つけ、軍としての規律を保とうと思ったのです。これはヘドロバ様のためになることなのです。ところが奴等は我々に抵抗し、オクキタヨ殿も討ち取られました。私の懸念が当たったのです」
「細工者を見つけるだと・・・笑わせるな!お前は村の財宝が目的ではないのか!」
初めてコボスの言葉に怒気が含まれた。身体から殺気がほとばしり、ザイラルの態度次第で剣を抜きそうな雰囲気になった。
「とんでもない!他の部隊はどうであれ、私の部隊はそうではありません」
剣を抜かれたらそれで終わる。ザイラルは必死に弁明した。
「その証は?」
「ここにいるのは私の部隊だけです」
そう聞かされたコボスが周囲を見回した。騎馬軍団を取囲んでいる兵士達の旗は全てザイラル軍を示すものばかりであった。そればかりか緊迫した二人のやり取りを聞いて、ザイラルのためにいつでも戦う姿勢を見せていた。
「他の部隊はどうした?」
「戦いの最中に村に向かいました。隠された財宝を捜すためでしょう。彼等こそが軍規違反を問われるべきです。我々は彼等を詰問するために村に行こうとしていたのです」
「わかった。奴等にも聞いてみよう」
コボスはそれ以上ザイラルを問い詰めず、馬の首を返すと両足で馬の腹を蹴った。他の騎馬兵達も一斉に後を追った。
・・・危なかったわい・・・
ザイラルは遠ざかって行く騎馬隊を見送りながらそう思った。こんなに早くヘドロバの元から使者が来るとは考えなかった。来たとしても適当な言いわけをして簡単にあしらえる程度の者達と予期していたが、まさかヘドロバが警護役であるコボスを送り込むとは思わなかった。 ヘドロバの並々ならぬ関心と強い怒りを感じた。財宝の話に目がくらみ村に入った部隊長達は、コボスを腕の立つ警護役として意識はしているが、実際のコボスの恐ろしさを知らないから必ず一悶着起こすだろう。自分に都合よく物事が進みそうな気がした。
・・・急がなくては。あの二人がコボスに事実を話しでもしたら、わしは破滅だ。ここを上手く切り抜けさえすれば、村の奴等とコボスへの復讐は闇に葬れる・・・
「レヨイド、わしらも村に入る。時間が勝負だ。歩兵には全力で駆けるように命じろ。急げ!」
「コルゲリオンはどうしますか?」
「捨てろ。もう不要じゃ」
ザイラルは馬に乗るとレヨイドと共に駆け出した。砦から村までは一本道で迷うことはない。馬に鞭を当てながら、自分の運命と競争している気がした。コボスに全てを知られる前に、このシュットキエルの件を収めなくてはならないのだ。




