八章 ライクレス 102 復讐の快音
・・・十・・・
「カラーイ、奴は何と言った?」
「『逃げた仲間の居所を言え』とほざいたわ」
「そうか・・・逃げ落ちた者は見つかっていないのだな」
「ああ。希望が少しは持てた」
「奴と取引するのか?」
「取引する相手ではないのは、誰の目にも明らかだ。奴は『この地に来た目的は鐘だ』と言ったがそうではない。何故なら奴の正体は・・・」
カラーイはザイラルのことを仲間に話した。
カラーイと同年齢の者は三十年以上前の『月夜のランプ捜し』をよく覚えていた。後にも先にもない盛り上がりだった。美しいコーデラルを巡って、多くの若者が争った話は長く語り継がれ、芝居にもなっていた。勿論主役はコーデラル、ライクレスであり、悪役はナベワタだった。我が強く自信過剰なナベワタは、芝居では二人の恋に嫉妬した浅はかな男として描かれていた。
「三十年以上も恨みを抱き続けているとは、相当執念深い奴だ」
「それだけ本気でこの世から消したいと望んでいるのだろう」
「何百人も死んだ。敵兵も同じだ。一人の恨みのために・・・」
皆黙り込んでしまった。一人の男が昔の恨みを晴らすために本当の理由を隠し、味方を犠牲にしてまで引き返して来ている。何日か耐えれば包囲軍が姿を消すという甘い期待は、敵軍が現れた時から全く見込みがないものであった。取引などできようはずがなかった。
「この場に及んでは愚痴になる。最後まで戦おう」
「そうだとも。それぞれに別れは昨晩済ませておる」
「ああ、子供達を逃がしたのはいい考えだった」
仲間の言葉を聞いて、カラーイは少し肩の力が抜けた。村の希望を託す子供達を逃がせ、思い残しはなかった。やがて伝わる自分達の最後。それが凄惨であればあるほど復興する力が大きくなるに違いなかった。
「華々しく、散ろう」
「おう!」
雄叫びとなったその声は、櫓を取り囲んでいるザイラルにも届いた。
「ようやく覚悟を決めたらしいな」
村人達の喚声をザイラルは徹底抗戦の回答と捉えた。
・・・予想通りの展開になった。ただ・・・このまま簡単には殺すものか!三十年経っても夢でうなされるあの屈辱。奴等の苦しみが、わしにとってはこの上ない良薬じゃ。死ぬ前に生き地獄を見せてやる・・・
「レヨイド。コルゲリオンはどうした?」
「移動準備を済ませ、砦内に運びこんでおります」
頭の中で先を行く遠征軍本体の姿を思い浮かべていた。砦での戦いが終わったわけではなかったが、少しでも早く追いつこうとして、時間のかかるコルゲリオンの撤収準備を自分の判断で先行させていた。ソイジャル、ドニエリ軍のコルゲリオン隊もそのまま自軍に残らせていた。
「よし・・・まだ薬は残っているな。コルゲリオンの発射準備をさせろ」
「え?あの連中を撃つのですか?近過ぎて役に立ちませんが・・・」
ザイラルの意図が読めなかった。櫓に立て籠もっている村人に使うのには無理があった。
「奴等の心を痛めつけてやるのじゃ。急がせろ」
「わかりました。熱石の発射でなければ、そんなに時間はかかりません」
「矢でよい。奴等に見える所で撃たせる」
レヨイドはコルゲリオンの準備を急がせるように命じた。ザイラルは同時に別の命令も下した。
「それと櫓の周りに焚き木になりそうなものも集めろ。あの櫓を焼き尽くしてやる」
「承知しました」
櫓の前に三台のコルゲリオンが並べられた。兵士達はザイラルの命を受けて、大急ぎで据え付けにかかった。その日三度目ともなると手際も良く、瞬く間に発射準備が完了した。
「ソレイタム、櫓の奴等は降伏するかどうかを話し合っている。近くに行って返事を聞いて来い。奴等には降伏するしか道はない。最後の悪足掻きとしてどんな罵詈雑言を浴びせられようとも、ドルスパニア王国軍の将校の毅然とした姿を見せてやれ。お前の手抜かりはそれで帳消しにしてやる」
据え付け完了を報告されたザイラルは、「村人が消えた」と言い訳した将校、ソレイタムに命じた。
「わかりました。今度はお任せ下さい。芝居には自信があります。楽な役目です」
・・・楽な役目とは・・・何という愚かな言葉を・・・
レヨイドは天を仰いだ。死を覚悟した村人が降伏するわけがなく、その返事の聞き役は危うい役目であることさえ気づいていない。言い訳よりザイラルを怒らせそうな一言だ。その証拠にザイラルのこめかみがぴくっと動いたのを見た。
「待て!」
ソレイタムを呼び止め、役目の危うさを言い聞かせようとした。
「何でもない!急げ!時間がないぞ」
何事かと立ち止まったソレイタムをザイラルが急き立てた。そして余計なことをするなと言う風に、レヨイドに首を振ってみせた。
「どうだ?話はまとまったか?」
ソレイタムは櫓の近くまで来ると、大声で村人達に返答を迫った。ザイラルの降伏話と手抜かりを許してくれる約束を信じ込んでいた。
・・・盾を構えろ、危ないぞ・・・
レヨイドは返答が予測できた。自分の罪も背負っているソレイタムの後ろ姿を複雑な思いで見ていた。
「待たせたな・・・返答は・・・これだ!」
声と同時に櫓上から数本の槍が降ってきた。ザイラルの時にはわざと足元に投げられたが、今度はそんな遊び心はなかった。仲間達の死に対する復讐心も込められていて、狙いは正確無比だった。
「うわー」
不幸なソレイタムには身構える暇もなかった。何本もの槍に身体を貫かれ、倒れることも許されず、立ったままの姿で絶命した。
「命を助ける申し入れを拒み、使者に手を出すとは、何という恥知らずな卑怯者!もう許せぬ!」
最初から血の返答を予測していたザイラルが大声で呼びかけた。それがわかっていながら、兵士達の眼前でソレイタムの最後を見せつける罠を仕掛けたのだ。自分の寛容さと村人の残虐さを際立たせる格好の機会であった。
「残虐なお前達に似合いの見世物がある。地獄でゆっくりと思い出すがいい」
言葉が終わると同時に、三台のコルゲリオンの鉄筒が不気味に首を持ち上げ、紫の煙が上がった。櫓の村人の目もコルゲリオンに注がれた。
「これはコルゲリオンといって、熱石や槍を遠くまで飛ばせるものだ。槍より軽い矢は最も得意とするところだ。これからお前達に矢を飛ばす様を見せてやる。標的はあの森だ。そこからもよく見えるであろう。あの森に潜む愚かな者どもに矢の雨を降らせてやる」
ザイラルの大音声が響き渡った。
「何!」
カラーイはコルゲリオンの姿に圧倒されたが、ザイラルの言葉にはもっと衝撃を受けた。
・・・奴は逃がした者達が風景と同化して森に隠れているのに気づいたのか!思った以上の食わせ者じゃ。早まったことをした・・・
血の返答は夢があってのことだった。森を撃たれたらその夢が消えてしまう。発射を何としても止めさせなければならなかった。
「待て!降伏する」
カラーイの声は轟音に打ち消された。
ど〜ん
勢いよく撃ち出された大きな塊は空中で数百本の矢にばらけると、鋭い雨粒と化して森に降り注いだ。その矢には攻撃される者に恐怖心を抱かせるように、風きり音が出るように細工されていた。指揮官は射角と方位角を少しずつ変えて、森の端から端まで射漏らしがないように、図面を塗りつぶしながら発射させた。時間はかかるが、確実に成果が挙がる訓練された正規軍のやり方だ。
「くそ!」
カラーイ達は歯ぎしりしながら、三台のコルゲリオンと森を見詰めていた。空中から聞こえる矢鳴り音は、村人達の希望を嘲笑う悪魔の声のようだった。この瞬間に潜んでいる者達が味わっている恐怖を思うと、村人達は立ってもいられず床に座り込んでしまった。
コルゲリオンは矢が無くなるまで轟音を響かせた。
ザイラルはコルゲリオンの音を心地よく感じていた。一斉射、一斉射が長年抱いた恨みを晴らす音であった。これほど良い気持ちは久しくなかった。
「レヨイド、焚き木は揃ったか?」
発射音を楽しみながらも、最後の仕上げを命じようと考えていた。
「はい。もう櫓の周りに山と積ませました」
「ご苦労。他の部隊にもすぐ出発すると伝えておけ」
「村に戻って財宝を捜す振りをするのですね。しかし他部隊への連絡は必要ありません。ここにいるのは私達の部隊だけです」
「何?」
「戦いの最中に二部隊が村に向かいました」
「間違いないか?」
「間違いありません」
レヨイドは二部隊がザイラル軍を残して勝手に砦を離れ、村に向かった報告を受けていた。ザイラルに知らせなかったのは、戦はザイラル軍だけで十分であり、敢えて引き止める必要がなかったからだ。それに村に隠された財宝話は作り話で、捜しても何も出てこないのはわかっていた。黙って行かせたのは、二部隊の勝手な動きを何かに利用できそうな気がしたからだ。
「止めなかったのはいい判断だ。奴等が村中を捜し回るには時間がかかるだろう。その間にわしの部隊は先を進む本隊を追いかける。ばか者共がわしらを救ってくれる」
「・・・と申しますと・・・」
「ヘドロバ様はわし以上に勝手な振る舞いを許さないお人で、無断で引き返したわしらをお許しにならないだろう。だが遠征軍の半分近い四部隊となれば話は別だ。全員を処罰すると混乱が大きくなり、遠征軍はドルスパニアに帰る前に崩壊する。四軍の中で一番罪の重い部隊長を罰して幕引きされるに違いない。それ故一刻も早い本隊との合流を目指すのだ。わしは『我軍は鐘に細工をした犯人を捜したが、村の奴等が邪魔をしたので止む無く戦った。戦いが終わったからすぐに引き返した』と釈明する。ヘドロバ様も本心ではわしを処分したいところだが、そうすると軍の規律上他の者にはもっと厳しく当たらなければならなくなる。・・・となると、遠征軍を守るため叱責はされるが処分されることもなかろう。財宝探しで遅れた二部隊長が、『ザイラルが財宝話をした』と弁解しても、欲にくらんだ上での行動と見られて信用されまい。」
「そこまでお考えなのですか!素晴らしいお考えです」
「砦の戦いで被害を受けた部隊が、財宝探しに村に入るか心配しておった。このまま帰ると言い出したらどう対処しようかと思案していたが、こうも上手く自ら墓穴を掘ってくれるとは思わなかった」
「そうですね。私達はついています。ザイラル様自身の運の強さですよ」
レヨイドの心からの尊敬の眼差しに、ザイラルも悪い気はしなかった。




