八章 ライクレス 100 終戦前
・・・八・・・
戦いは終わりにさしかかっていた。次々に繰り出してくる寄せ手に押され、徐々に砦内の櫓に追いつめられていた。そこは奇しくもライクレスが死んだ場所で、村人達はその中に入り内側から扉を閉めた。
朝からの激しい戦いで無傷な者はいなく、顔は土煙や血で汚れ、男女の区別さえもはっきりしない。矢は尽き剣も折れ曲がって使えそうになかった。しかし最後まで戦おうと、壁に突き刺さった槍を引き抜き包囲軍に向かって投げていた。
「カラーイ、これまでか」
「ああ。十分戦った。ライクレスの元に戻ったな」
「奴も俺達がいないと寂しいのだろう」
櫓の中には他にも数十人の村人がいたが、それが生き残った全ての者だった。しかし、目前の死に怯える者はいなかった。
追いつめた方には余裕があった。
勝利を見極めたザイラルは早めの食事をとっていた。既に村人達を櫓内に押し込めた報告を受けていて、今の関心事は逃げ落ちた者達の行方だった。その後の状況を一刻も早く知りたくて、わざわざ信頼するレヨイドを向かわせていた。
「レヨイド様が戻られました」
警護兵がそう報告した時、まだ食事の最中だった。
「ただ今戻りました」
レヨイドは一人ではなかった。横に立っている将校には見覚えがあった。後方の逃げ口の見張りを命じた者だった。
「腹が減っただろう。まあお前達もそこに座り、何か食べるがいい」
二人は顔を見合わせた。部下にとっては嬉しい配慮だが、これからする報告はあまりいい内容ではなかった。それをどう話そうかと考える前に、次々に料理が運ばれて来た。朝からの戦いで何も食べてなかった二人はつばを飲み込んだ。しかし、飛びついて食べるわけにはいかなかった。
「どうした?食べないのか?」
レヨイドが先に手をつけた。将校もそれにならった。
「逃げ落ちた奴等は引っ捕らえただろうな。どこにいる?」
ザイラルが上機嫌で尋ねた。レヨイドは予期した問いにすぐには答えられず、困惑顔でザイラルを見た。
「実はそのことなのですが・・・・おい、ザイラル様にお話申し上げろ」
促されて同席している将校が顔を上げた。ザイラルは二人の暗い表情から悪い報告だと初めて察した。
「レヨイド、あまりいい報告ではないな」
「ええ・・・まあ・・・」
「やはりそうだったか・・・大体お前が自分で報告しない時は、いい話であったためしがない」
「恐れ入ります」
「だがな・・・部下の信頼を得ようとするなら、過ちを庇ってやらねばならない。また部下の手柄を自身のものにすり替えてもいけない。卑怯な将校の元ではいい部下は育たない。覚えておくがいい・・・ところで、わしは今機嫌がいい。話を聞こうか・・・」
ザイラルは自分には縁遠い模範的な将校像をレヨイドに示した。自分のような暗い影のある部将になって欲しくなかった。子供が娘ばかりのザイラルにとって、レヨイドは鍛えがいのある息子のような存在なのだ。輝きのある武将に育てるのが、ザイラルの望みでもあった。
「今の教えは肝に銘じておきます」
叱られているが、目を掛けられることに甘んじず、期待に応えて順調に成長し、周囲からもザイラルの右腕と認められるまでになっていた。
「おい、ザイラル様に申し上げろ」
おどおどしていた将校も二人の会話を聞き、少し楽な気持ちになった。
「裏口の様子を部下と窺っていました。ザイラル様のご推察通り後方の部隊が正面に移動すると、奴等が姿を現して逃げ始めました。私はすぐに部隊を呼び戻す一方、数人を道案内に残して奴等を追撃する気でいました」
「うむ・・・それで・・・」
将校はここまでは命令に忠実に従っていた。
「ところが難問が生じました。それは奴等の逃げ方でした。一人ずつ、或いは数人ずつ時間をずらしながら出て来るのです。予想外でした。奴等を追いかけたくても、最後の者が出るまで動けません。しかし・・・焦りは感じませんでした。待つ間に正面の部隊も戻り、我々の態勢が誰一人逃さないほどに万全のものとなっていたからです。最後の者を見極めて追いかけていけば、群をなして行動する奴等を簡単に捕まえられると思っていました」
ザイラルもその判断に同意した風に頷いた。
「その考えでいいだろう。・・・となると、奴等がこの場所に一人もいないのは、お前達が斬り捨てたからか?わしは斬れとは命じていないはずじゃ」
返事次第では斬ろうと、剣を手元に引き寄せた。部下の身勝手な行動を許すつもりはなかった。
「斬るなどとんでもないことです。私は捕らえる命令しか受けておりません」
「では奴等はどこにいるのだ?」
「消えました。いなくなったのです」
「消えたのではなく、見失ったのだろう。自身の過ちを言葉で誤魔かすな」
「嘘ではありません。消えたのです。ご納得いただくために、その時の様子をお話し致します。・・・私達は少し距離を開け、奴等の後を追いかけました。そして・・・」
追いかけた村人達が森で忽然と姿を消し、誰一人見つけられなかったと説明した。その上、容易に捕らえられると聞かされていたのに、姿どころか何の痕跡さえも残っていなかったと、命令したレヨイドに対して恨み言まで口にした。
「そうか・・・消えたか・・・」
「はい。森の中で忽然と消えました」
ザイラルは将校を怒らず、今度は『消えた』と言い、『見失った』とは言わなかった。将校はザイラル自身が『消えた』と口にしたのを聞いて、言い分が認められたと安堵した。傍でレヨイドがその誤解を正そうとしたが、その前にザイラルに目で止められた。
「もうよい。奴等の方がお前達より上手だった・・・奴等の行く先はあの者共に聞くか・・・聞いても素直に答える連中でもないがな・・・」
ザイラルの視線は、櫓に追い詰められた村人達に向けられていた。取囲んだ兵士達に命令すればすぐにでも抹殺できるが、『包囲したままで暫くは手を出すな』と命令していた。
村人達は攻撃されないのを不審に思いながらも、今は覚悟を決め、目だけに敵愾心を宿し敵兵と対峙していた。戦おうにも朝からの長い戦いの後だけに、気力も力も湧き上がらなかった。しかしその中でカラーイとローイは違っていた。ライクレスを襲った槍を手にし、一人でも多くの敵兵を倒してやろうと意気込んでいた。




