★1分で読める短篇小説『青空に書いた手紙』
1分で読める短篇小説です。不定期で更新しています。
前略、通学路様。
僕は、今日で高校を卒業します。ここを通って学校に行くのも今日で最後になります。
僕はこの村で生まれた、恐らく最後の子供です。最後の登校に、今日はあなたに感謝の手紙を書きます。
「感謝」とは、「感」じて「謝る」と書きます。僕は今、通学路であるあなたに、心から感謝しています。母さんに手を引かれて初めてこの道を通った時、僕は4歳でした。今日のあなたは14年前と少しも変っていません。でも、僕は4歳の子供から18歳の生意気なガキになり、他の人と同じように、この村を出て行きたくなってしまいました。
小学校まで、1時間かかりました。畑と空しかない道を1人でてくてく歩いて通ったのです。
「何を考えながら歩いているの?」
先生や近所の人たちに聞かれると、僕は赤くなりました。僕の頭の中には大人には説明できない、おかしな空想が渦巻いていましたから。
僕は空を眺めるのが好きな子供でした。小さく光る飛行機が見える度、いつかあれに乗って遠い国に行き、『インディー・ジョーンズ』みたいな冒険の旅をするんだと想像していました。
白状すると僕は小学1年生まで、飛行機には神様が乗っていると信じていたんです。ひこうき雲は、神様が人間に発信している重要なメッセージなのだ。そして、世界のどこかに、このメッセージを読み取れる特殊な力を持つ人がいて、神様はその人を探しているんだと。
7歳の僕は、神様が空に書いた手紙を読む特殊な力があるという妄想に取りつかれていました。そんな僕は、テレビで放送された『スターウォーズ』に釘付けになりました。SF映画を観て、神様と通信する方法を編み出そうと録画を再生したり、巻き戻したりしたものです。
そのうち神様より映画に夢中になるようになり、子供じみた空想は忘れていきました。
そして、頭の中は、ゲームやマンガやテレビが占めるようになり、中学生になったら何の部活に入ろうかと考えるようになった頃、飛行機は、成田空港から飛び立っているのだということを知りました。そして、飛行機が見えるこの小さな村も世界の一部であり、僕も世界に飛び立って行けるということも。
僕はあなたに謝らなければいけません。僕は大人になってしまいました。飛行機を神様だと信じ、鼻水をたらしていた子供が、『スターウォーズ』すら卒業し、全ての夢は人の手で作られた人工物で、自分にもそれが作れるんだと己惚れてしまったんです。
そして、僕は4月から東京の大学に進学し、この村を出て行った人と同じように、ここには戻って来ないと密かに決めていました。
『ニューシネマ・パラダイス』でも視力を失った映写技師がトトに言いますよね。「ここを出て遠くへ行くんだ。そして二度と戻ってくるな」と。
トトには戻る故郷がありました。僕もこの村がずっとあるものと思っていました。でも、昨日、日本の東の方で起こった大変なニュースをテレビで知り、それが間違いだったと愕然としました。この世に当たり前は、あり得ないんです。永遠なんて、もっとあり得ないんです。
4月から僕は「東京の人」になります。大学には電車を使います。通学に便利なアパートを選んだので、30分で正門に着きます。でも、その道は、「通学路」ではありません。僕がどこに住んでいるのか、何年生なのか、ちゃんと知っていてくれて、おはよう、いってらっしゃい、気を付けてね、遊んでないで早く帰りなさいね、と手をふってくれる人はいないのです。僕の「通学路」は、この畑と青空以外なにもない、この一本の道だけです。
今日は卒業式なので、後から母さんが車で学校に向かいます。僕は母さんと車で行くのを断り、自転車で2時間かかるこの通学路のラスト・ランという儀式をすることにしました。14年間、毎日見守ってくれた、あなたとの卒業式をしたかったのです。
約束します。僕は大学の映画学科を卒業して、小津や黒澤や、北野武と並ぶ、日本を代表する映画監督になります。そして、いつかこの村で映画を撮って、この通学路を映画に残します。木下恵介が『二十四の瞳』に瀬戸内の島の風景を残したように、小津安二郎が『東京物語』に戦後の東京を残したように。
僕は村から出て行きます。ごめんなさい。本当にごめんなさい。親愛なる通学路様、あなたは、ただの通学路ではなく、僕の未来への滑走路でした。いつか必ず、必ず帰って来ます。必ず帰って来ますから、その日までどうかそのまま、変わらず元気で、待っていて下さい。
敬具
2011年3月12日
未来の映画監督 鈴木ショータ