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8.エリオット

 傷の為高熱を出していた王子は目覚めた。母の顔が見え安心した。つぶやいた言葉は覚えていない。母の泣きそうな薄い笑みを覚えている。

 仕事で忙しい父は腕の膿が引いた頃にやっと一度だけ顔を出した。長い事父と話した。

 そして、自分が行くと決めた。



「こちらです。」

付き従っていた騎士がそういった。

 豪華な絨毯のひかれた廊下を歩いてきたディートリヒはその部屋の前で立ち止まる。繊細な風景画が飾られた廊下は王の宮だ。殊更に美しい物を飾るのは、この廊下が、王城であるにも関わらず、少し暗いからだろうか。

 気分が重くなるのを、背筋を伸ばして正す。大きく息をすい、平気な振りをする。

「開けてもらえるか?」

 ディートリヒは、王子然とした態度を保った。傷は二の腕にまだあり、誤魔化すために、祭式でも着る短いフード付きのマントを羽織っている。歩き方も、立ち姿も、鏡で確認しておいた。

 白い扉の前に立つと、もう一度深呼吸する。


「お見えになった。」

騎士は扉の外側にある小さな飾りを叩く、そこが開いて小さな覗き穴になる。

「了解。」

扉の向こうに居る騎士の声。

 静かに、扉が開いて、ディートリヒは進む。中の騎士と一緒に来た護衛が交代する。

 ディートリヒのすぐ目の前にエリオットが居た。

「エリオット。」

呼ばれてやっと気づいたように彼は身じろぎをした。彼の眼がディートリヒを捕えて、見開かれた。

「御無事で・・・。」

ホッとしたのと後悔の滲む声。


 エリオットは、憔悴した姿でぽつんと中央に置かれた椅子に腰かけていた。あの時の騎士の漆黒の服のまま、返り血を浴びたまま。

 あの後。一通りの事後処理をして、自ら蟄居していたというエリオット。それを父の命にて近衛が室を蹴破りこの王の宮の一角に連れて来た。今室内には騎士がエリオットを囲むように立っている。

 後方二人は近衛騎士。他に左右一人ずつ。片方は胸に紅い鳥の紋章入りの勲章を付けた若い軍医。エリオットは食事をとっていないと聞いたからそのためだろう。

もう一人は正面から見る限り、ありがちな白地に紺のラインの服で一見青騎士。しかし、この騎士。その背にマントの様な帯が下がっているから、後ろを向けば紫の蛹をかたどった文様があるはず。

(司法局の聖騎士か。)

 今回の件は世継ぎの暗殺という大罪の為、色んな機関が出張ってしまった。多分エリオットは現場を見た唯一の大人という事で尋問されているのだろうと推測された。少し痩せた気がする。

 法律の番犬と言われる法の採決のみに従う聖騎士は、「融通が利かない。」と父が苦笑いする存在。ディートリヒは初めて見たその姿に、同じ空間にいるだけで怖くなった。

(手は手袋だし、顔は仮面で頭も布で覆ってるって徹底してるな。)

彼らの素性は王でも知らないと言われている。


 皆一様に黙り込んでいて、空気はどんよりと重い。

「エリオット。」

彼の正面へ歩む。エリオットは今気づいたように椅子からふらりと立ち上がりそして跪いた。

「話がしたい。いい?」

エリオットは反省し過ぎだと思う。

 

 父は彼が自分の事を、王子に不用意に距離をとり怪我を負わせた罪人だと、そう思っているだろうと言っていた。聖騎士の聴取は、彼が自分を罰するのを止める役割もあった。


 血で汚れた茶色の髪は固まって、いつもの爽やかさは無い。

「顔を上げて。」

暗く沈んでいた茶色の瞳がディートリヒを捕え、その視線は彼の癒えぬ腕の当たりに。そこまで彼が自責の念にかられるような何があっただろうと、ディートリヒは思う。軍家の騎士ならまだしも、平民であったエリオットがそこまで追い詰められるなんて。

生来呑気な所のあるディートリヒは、大人に囲まれ、努めて威厳あるように振る舞ってはいたが、すでにもう限界なようだ。

「後遺症は残らないって。」

腕を見下ろして言う。その台詞に長く息をはくエリオット。安心したのだろう。

「エリオットが居てくれて良かった。命がある。」

それが、何より尊い。そう思ってくれればいい。

エリオットとしっかりと視線を合わせる。泣きそうな顔をしている。

「・・・殿下。私はあの時。油断していました。」

二人の姿を見て、邪魔をしてはいけない様な気になってしまった。だから動くのが遅れた。


 自分を責めて、あの飄々とした雰囲気が掻き消えている。

「アレは誰にも防げなかった。エリオットは良く働いてくれた。」

「しかし!」

「エリオットが私を守れなかったと自分を責めているのは知ってる。なら王家の騎士は賊に負けた?たった一人に王国の騎士が負けたの?」

「ディートリヒ殿下?」

「我が国の騎士は賊に屈した?そんなに弱い?違うよ。暗殺者は目的を達成してない。阻止したのはエリオットだ。」

一気に言い切る強引な屁理屈。父も良く使う手だから良し。正直上手くやれている気はしないが気持ちは通じたと思いたい。

引き結んだ口。辛そうな表情だが、エリオットの瞳の輝きが戻って来たように思う。

「ん。よし。エリオット。まだ話したい事があるんだ。」

 ディートリヒはくるりと周りを見回した。話には続きがある。察した王の騎士が礼をして別の扉から去る。きょとんとしていた軍医を連れて、ここへ彼を連れて来た背後の護衛騎士も辞した。

 気を抜こうとしていたディートリヒは聖騎士がそのままなのを見て、そこで、子供らしくびくついた。心臓に悪い男だ。


 彼だけは去らないらしいので仕様がなくそのまま話を続ける事にした。


 二人で椅子に腰かけ、彼とも父と同じように話し合った。同じぐらいの時間。

「本当に助かった。私もリリーも・・ありがとう。」

そろそろ帰ろうと行きかけ、でも、言いたいことは言う。エリオットが居なくなっては困る。

「ディートリヒ殿下。」

真摯な声に目を戻せば、普段のエリオットより、暖かい眼差しと微笑。


 膝をついて騎士礼をした彼は誰よりも本物の騎士に見えた。

「私は。ディートリヒ様に生涯お仕え致します。」

「え?うん。頼む。」

これからも王族に仕えてくれるのか。処罰は諦めてくれたようで安心した。

「とりあえず。食事とってよ。痩せた騎士とか恰好がつかない。」

声をたてて笑うと、エリオットも王子を見て笑みを浮かべる。

 控えていた騎士が戻るわずかな間、聖騎士の視線を感じてビクビクしながら、ディートリヒは、表情の戻ったエリオットと笑顔で話をすることができた。


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