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 王子殿下は学舎に用が無い日も毎日。こそこそ足繁く図書室に通っていた。怪しまれないよう。一応勉強道具を抱えて。

 家庭教師や他の生徒の視線から解放された時間でもあるので、大抵はぼーっとしてしまう。それでも、図書室の司書はそっとしておいてくれる。


また今日もリリーは来ないのか。がっかりして、帰る日々が続いていた。


 そうしている内に、季節は移ろい、窓の外が寒々しい景色になってくる。

「なにか、あいつには目の敵にされている気がする。」

一人になれる思い出の隙間に座り、腕のアザの当たりをさする。剣の実技の授業で、上級生のコーネリウスと当たった。彼は「手加減しませんから」と言ったその通りに、ディートリヒを叩きのめした。主にプライドを。今まで手加減されていたのがよく解った。だから、慌てる教師を制した。これは授業ではないですか。と、コーネリウスがにやりと彼らしい笑いを浮かべるのが、目の端に映った。

「はぁ~。」

「ディー。」

 幻聴か?

「お隣りに座ってもいいですか?」

優しい声だ。

「リリー。」

嬉しくて満面の笑みでふり仰ぐ。面食らった彼女の顔も可愛い。

「どうぞ、お姫様。」

勢いで変なことを口走ってしまった。言ってから赤らむ頬。

ふふ「おじゃまします。」

リッドの手には本。挿絵のある、少し分厚いおとぎ話。

 ディートリヒはそれを見て、自分に会いに来たのではなく、純粋に本を読みに来たのかと、少し気落ちした。

ちょこんと腰掛けたリリーがとても近かったので、その気分は直ぐに急上昇。

「読める?」

「読める。」

 ディートリヒに寄りかかるようにして、リッドは本を開く。兄が読ませてくれない本には、王子様が出てくるのをその時初めて知った。

「リリー。」

時々。ディートリヒは彼女の気を引く為に名を呼ぶ。

そのたびに琥珀の瞳に見つめられる。見惚れているのを悟られないよう、他愛もない話をする。ディートリヒの顔に作りモノでない笑顔が浮かぶ瞬間。


彼に話せる事は少なかったが、そうやって何度か二人で会ううちに、やがて、彼女も自分の話をしてくれるようになった。主に、大好きな兄の話を・・・。


   ***


 コーネリウスはリッドを迎えに来る度、違和感を感じるようになった。王宮の図書室になんかリッドを連れてくるんじゃなかった。と、少し後悔している。

 リッドはいつの間にか年上の司書と仲よくなってるし、図書室を利用する者(特に男子)から、『図書室に薔薇の妖精がいる』などと揶揄するような噂を立てられている。実に、面白くない。リッドが自分の傍に居ない時に褒められても、危険を感じるだけだ。

 ぶつくさ言ってると、ソーマが横で「馬鹿だ」と呟いた。

 今日のリッドの迎えは、家に泊まりに来るというソーマを連れている。ソーマを泊めるのを許可したのは、ソーマが全く妹に興味を示さないからだ。癪ではあるが、きっとソーマの女子の好みは変わっているのだろう。

(リッドを見て好きにならないとか有りえない。大抵の男子は敵だ。)


「雪。降るかな。」

「ソーマの故郷は雪は?」

「降らない。雨の方が多いかな。」

ソーマは色白なので南国と言う雰囲気に無いので意外だ。南国かどうかはしらないが。

こっちは結構降る日があるから、気をつけろよ。とか話している内に図書室だ。


ソーマも居るし。今日は早めに迎えに来た。

目の前の光景が信じられない。



「殿下だな。」

ソーマが淡々という。

「・・・あのクソ野郎いつの間に。」

小さな声で言ったが、ソーマの耳は拾っただろう。

「荒っぽい事するなよ。」

ずんずん肩を怒らせて妹の元に向かうコーネリウス。そう声をかけたがソーマの声は届いただろうか。


 図書室の机に並んで座る二人は、一つの本を二人で見ているせいで密着している。デイートリヒはとても幸せな気分だった。地獄から響くような声が聞こえるまでは。

「ディートリヒ殿下。お久しぶりです。」

 二人の雰囲気にこれが初めてではなく、もう、何回もこうして会っているのだろうと解る。それがコーネリウスの癪に障る。

「うっ・・・。」

「貴方がこのように、お手の早い方だとは思いませんでしたよ。」

十四とはいえ子供の台詞じゃない。

「ミルドレッド?」

途端にやさしい声になるコーネリウス。彼の気迫に怖がるかと思った彼女は、慣れているようで、きょとんとした顔をしている。

「帰る。準備しろ。」

「オテガハヤイって何?」

その問いに、ソーマが「それはそう思うだろうな」とか合いの手を入れている。そして、何故か辛うじて声の届く、彼らから距離を取った場所で立っている。

「そうだ!」

ワザとらしく回り込んで来たコーネリウスはぐいっと彼とミルドレッドの間に分け入った。

「さあ。帰ろう。」と言って彼女を抱えて回収する。

「ミルドレッド。殿下に失礼していないか?」

彼女が困惑していても構わず素早くディートリヒと距離を置き、状況判断に追い付けない王子はソーマを見やる。

 彼はごめんねとでもいうように、少し頭を下げた。

「失礼?」

リッドが兄の顔を覗きながら首を傾ぐ。コーネリウスはお年頃な年齢だというのに。妹との距離がとにかく近い。今もディートリヒが彼女と近付いていたその分を取り戻そうとするようにべったり抱きしめている。

「失礼ではないよ。」

 リリーに向かい言う。

リッドの頭を隠すようにしてコーネリウスがこちらを向いた。鬼の様な形相に引き攣る。

「くるしい。」

 リッドが兄の拘束から逃れて、こちらを見てくれた。

笑顔を作り無用な心配をさせないようにする。

 リッドも笑って、それが気に食わないコーネリウスは更にいいつのる。

「いやいや。殿下はお優しいから。ミルドレッドには言えないだろ。」

「そんなことは!」


睨まれた。


「幼いお前に、べたべたくっつかれて、誤解を生む様な事、殿下はしたがらないと思うぞ。」

 妹に言っているようでいて『ディートリヒ殿下』に忠告をしている。

「言い過ぎだ。」ソーマが援護するが、相変わらずのそんな遠くで言っても意味が無い。

「さあ。帰ろう。では、さようなら。殿下。」

彼に殿下と呼ばれると、凍りつきそうだ。『さようなら』は思った以上にこたえた。三人の姿が遠ざかって行く。


 リッドは王子に声をかけようと試みたが、それは全て兄に阻止された。むっとしていると、いつの間にか横に来て、ソーマが慰めるように頭を撫でてくれた。


   ***


 折角の至福の時がコーネリウスに奪われ、彼女の姿は当然ながらディートリヒの前から消えた。

 リリーは大好きなお兄様に全幅の信頼を寄せているようだし、これからは・・・。

「考えたくない。」

ディートリヒは自分が、思った以上に彼女を好ましく感じていたのを、再認識した。


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