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騎士学舎は学園とは別に王家の城と隣接している。本宮までは入れないものの、現役の騎士が指南する便宜上場所がそこになった。
騎士には、両家の子息令嬢が多いので勉学にはかなりの力を入れており、王宮別館の図書室なるものには、許可さえ取れば子供たちも入れる。女騎士候補だけは人数が少ないので、途中から王宮別館での教育に変わるが、最初はこの学舎で男児と学を同じくする。
ディートリヒは同級生の敬語に窮屈を覚え、人が比較的少ない時間を狙って、図書室に来た。一人になりたかったので、奥まったその場所は、彼のいつもの場所で。
「せ、先約が居るとは思わなかったな。」
どもらないようは諦めた。緊張が伝わらないよう。慎重に話しかける。
高窓からの一筋の光の中、ディートリヒの声に、少女は顔を上げる。
一条の光の中、舞った埃も彼女を煌めかせ、琥珀色の瞳が自分を捉えた。とても綺麗な色だった。
やっと見てくれた。
彼女のふんわり広がったスカートの上には本。
「え?」
本には挿絵があった。人体図。難しい字がならんでいる医学書だ。、読めるわけない。よね?
「隣に座ってもいいかな?」
気を取り直して、聞く。
リッドは少し考え、それから一人頷いて。身体をずらして隙間を開けてくれた。本棚と本棚の間。ここは子供しか座ろうと思えない狭い場所だから。
「どうぞ。」
想ったより優しい低い声。
「おじゃまします。」
かしこまって隣に腰掛ける。
彼女は会話をしようとするでもなく、また本に目を落とした。王子は向こうからペラペラと喋る令嬢に囲まれ慣れていたので、どうしていいか途端に解らなくなる。
「あの。」
気を引きたくて声をかけたが、彼女の目が自分を見た途端口を閉じた。赤い巻き毛が揺れて彼の肩に触れる。
ああ。距離が近いんだなと、ぽーっと見惚れたまま考える。
彼女は言葉を待っている。何も話しかけてこない。迷惑なんだろうか?
ディートリヒは焦り始めた。表向き王族の性で表情は変わらないが。
「あの。名前を、いや、違う。その本。好きなの?」
まずは名乗るべきだろうが、王族と知れたら距離を置かれるかもと考えとどまる。意味のない間抜けなことを聞いてしまう。彼女は困ったような顔になる。
「あ。ごめん。その。」
「お父様がね。」
彼女の視線が本を向いてしまった。でも、無視されたわけでなく、言葉は続いた。
「頭が痛いっていっていたの。直してあげたくて、お兄様に頼んで連れて来てもらったの。」
それでこの医学書。間違ってはいないが、少々荷が重いだろう。言葉を発している内に彼女の声が小さくなっていく。
「そう。優しいね。」
彼女は俯いたまま首を横に振った。
「優しくない。」
「ミ・・・。」
思わず名を呼びそうになって口を押えた。
「本。難しくて解らない。」
次に発した彼女の声に、涙が含まれていて、大いに焦った。
「あの!な、泣かないで。」
焦って少女の手を取る。ぽつりと涙の粒が落ちた。
「大丈夫だから。」そう言って彼女の背に手を置く。こんなことはしてはいけない。そう思うのに、ディートリヒは彼女の手を離せずに、声をかけ続けた。そっと、誰にも気づかれたくなくて、耳元で、大丈夫。私が何とかするから、君のお父様をお医者様に見せてあげる。と、思い切り権力を行使するだろう言葉だが、彼女が泣き止むならと、そう出来る限りの言葉をかけつづけた。
「王子様優しいね。」
彼は本物の王子であるので、リッドは純粋にそう言ったのだが。ディートリヒは彼女の王子様になったような気がして、顔を赤くした。
それから、泣き止んだ彼女によくよく話を聞いてみると、頭の痛い将軍は、ただの二日酔いの症状らしいと判明した。優しい彼女には言わなかったが、紛らわしい事を言う将軍に怒りを覚えた。でも、大したことが無いというディートリヒの言葉を信用した彼女は安心したようだった。
「また会ってくれる?」
そういった王子にリッドはまたもや困り顔。兄に話すなと言われているから、悩むのだ。でも、王子の青い眼が不安そうな色をたたえたので、兄には秘密にすればいいと彼女は考えた。
「お兄様に連れて来てもらえたら。」
「次は!いや。なんて呼べばいい?次。会ったら。」
「・・・リリー。」
『リッド』と愛称で他の連中に呼ばせるなと兄に言われている。が、お友達になったのなら名前を教えるのは構わないだろう、彼女は言いやすい方のもう一つの名を言う。
「リリー?」
少し不思議そうな顔をされた。
「うん。わかった。リリー。私は『ディート』よろしく。」
ミルドレッドとは呼べないらしいが、リリー。こっちも可愛い。自分は愛称で呼んでもらおう。
「ディート。」
呼ばれてみれば、心臓がトクンと跳ねる。
「うん。何。リリー。」
ふふ、と笑った可愛い彼女につられて自分も笑う。しばらくは、とても楽しく二人で話をした。
件のお兄様が彼女を探しに「ミルドレッド」と来る声がするまでは。
「お兄様。」
軽やかにリッドはディートリヒの横を通り過ぎた。別れの挨拶もせずに。
「お兄様。おかえりなさい。」
「まだ、気が早い。今から帰る。」
「あのね。今日。」
うっかり話しそうになり口をつぐむリッド。
二人の様子をそおっと物陰から見るディートリヒ。
「どうした?いえよ。」
「ん~。本を読んだよ。」
「図書室だからな。」
コーネリウスは難しい顔をしているつもりだろうが、全然ゆるんでいる。あの喰えない雰囲気が掻き消えて顔に締まりがない。
軽々ミルドレッドを抱き上げ頬を寄せる。ディートリヒは物陰から伺う自分が惨めに思えた。
「沢山読めたか?」
「ん~。難しかった。」
「絵本。あったろ。」
う~ん?と首をかしげるリッド。
「場所が解らなかったか。」
「また来ていい?今度は絵本を読みたい。」
また・・・ディートリヒはどきりと胸を高鳴らせた。
「またぁ?」
コーネリウスは嫌そうだ。
「ダメですか?」
「ん~。」
今度はコーネリウスが唸って、考える。
「しょうがないな。先生に聞いてやるよ。」
リッドは嬉しくて、兄の首に抱きついた。本は好きだし、ここに来ればディーに会える。リッドは兄を介してじゃない初めてのお友達に浮かれていた。
リッドに抱きつかれたコーネリウスはにやけていて、いつもなら気付きそうな、恨めし気なディートリヒ殿下の視線に気づかず、そのままリッドを抱えて帰って行った。




