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10.

壁。どーん。

「どうしたのです?」

「お嬢様が、ミルドレット様が。」

「落ち着いて。」

「・・・はい。お嬢様が・・・。」


 扉を開け放すと、光に溢れる部屋が現れる。すっかりリッドは立ち直ったようだ。亡くなった母のように強い子。

「リッド?」

「シオン様!」

駆けて来たドレス姿のリッドは長い髪が、・・・顎の下辺りまで短くなり、ぴょんぴょん跳ねて彼女の気持ちの如く明るく楽しげであった。

『コーネリウスのように』するには邪魔な髪を切ってもいいだろうと考えたらしい。救いはその髪の長さが顎の下辺りまであるという事だろうか。自分で切ったから長さが不揃い。くるりと巻いたところなど、光に透かすと淡い炎のようだ。

「あぁ。リリー。」

呟くシオンにリッドは飛びついてぎゅっと抱きつく。シオンはよろめきもせず受け止めた。


いつも屋敷の何処に居るのか解らないシオンと長く一緒にいれて嬉しい。

「ネリー兄様と一緒!」

そこは一緒でなくてもいいのよ。とは言わない。

「そうね。」

腰に小さな腕を回して見上げてくるその愛らしい笑顔にシオンも微笑む。きらめく琥珀色の瞳がわくわくと楽しげな光を宿している。屋敷中が明るくなった気さえするものだ。

「随分短くなったわね。」

ふわりと綿毛のような髪に触れる。

「大奥様・・・。」

呼びに来た者と別の侍女が奥から出てくる。その手には長かったリッドの髪束を捧げ持って。

「御髪が、・・お嬢様の・・・申し訳ありません~。」

半泣きでそういわれると、こちらが怒る気も失せる。それに髪は伸びるのだ。

「刃物は扱いを気をつけなさい。子供が手に取れる所に置いては駄目よ。」

「え?はっ、はい!」

見当違いの注意に、一瞬考え、ああっと背筋を伸ばす侍女。

「勿体ないから、それはかつらにしましょう。」

にこりと笑みを作り促す。彼女は頭を深く下げそこから去った。

「リッド。」

「はい、シオン様。」

リッドは手を放しすっと真っ直ぐ立った。シオンの言葉を待っている。

「騎士は見た目も大事だけれど、一番は心の在りようよ。お解り?」

可愛らしく首を傾げるリッドが微笑ましい。

「こころ?」

「そう、リッドは今コーネリウスに一足飛びに追い付けると思う?」

リッドは首を横にぷるぷる振る。

「今、貴方がしなければいけないのは、まず髪を整える事ね。」

ほーっとリッドの口が空いた。

「とんでもない頭になってるわよ。」

くすくすと笑うシオンが楽しそうで、一緒になってリッドも笑った。


   ***


 父とコーネリウスがリッドの事を知ったのは、ディートリヒが大方完治してからだった。数か月後にはリッドが学園に通う。と決定した後だった。

二人は散々嘆き。諦めた。


髪の長さだけは。


(いい機会だ。変な男=殿下含む。が付かないよう。リッドを鍛え上げてやる。)

と暗い決心をしたコーネリウスと。

(殿下を守りたいなど。なんと健気でいい子なんだ。女騎士なら王子の花嫁候補になる事もないし私の直ぐ傍で働く訳だし一石二鳥。)

と私情をはさむ将軍であった。


   ***


「リっ!」

 巻き込んだ詫びと、頑張った年少のコーネリウスを褒める為、リッド及びコーネリウスを王と王妃が呼んだ。謁見の間では大事になるので、王家が家族で使うティールームに二人を招いた

 小さな東屋と庭が見え、ひと続き絵のように感じるように調度品も計算された若葉色に囲まれた部屋。ティーセットを前に三人で二人を待っていた。

 最初こそディートリヒは『将軍が一緒じゃなくて良かった』と思ったが、ミルドレットの姿を見て仰天した。


「髪っ!」


ディートリヒが間抜けな言葉しか言わないので、コーネリウスは冷たい視線を向ける。

(髪がどうしたボンクラ王子。)

「今日はお招きいただきありがとうございます。」

王の招きに恭しく膝をつくコーネリウス。

真似をするリッドは彼と同じ騎士の礼。

(完璧。可愛い。)兄はほくそ笑む。

 薄紅い色の髪を持つ愛らしい娘は、少年のような恰好をしていた。柔らかいウェーブを持つ髪は切った事で、ふんわりと巻いて纏まっている。・・・短く。


「美少年。」

思わず王妃が呟いて口を扇で隠した。王が呆れてため息をついた。


兄は精悍な将軍譲りの美丈夫だが、この母譲りのミルドレットの美貌は。と彼女の母を知る王妃は感嘆した。あやしい魅力ね。


「ディートリヒ王子殿下。快癒お喜び申し上げ、お招きに感謝いたします。」

「あ。・・・うん。」

ぽけーっとしているディートリヒを近しい護衛がつんとつつく。

「あ!元気だった?リ」

「ミルドレットです。殿下。」

とはコーネリウス。

「リッドと呼んで下さい。」

とはリッド本人。

コーネリウスがむっとしたのは解っていない。

「リッド?」

「はい。殿下。」

「髪。どうしたの?」

やはり間抜けな質問のディートリヒであった。


   ***


そして、ミルドレット・リリー・ルグルトは女騎士になる。

後に王子の即位後の為に、早々設けられた王妃宮の護衛の女騎士に。


   ***


茶会好きの王妃の宴。


あれから何度も開かれた。ディートリヒのお友達作ろう計画は、今ではディートリヒの花嫁選ぼう計画へ。


色鮮やかな少女たちに囲まれる。赤い髪の騎士。


「大変ですね。」

こそりと耳打ちする茶色い髪の男。

「ああ。」

王子は囲まれている中心だけを見ていた。

 青い瞳の上に癖のない白金の髪が落ちかかってきて、うっとおしそうに掻き上げる。半ば癖になりつつある仕草に、見惚れる令嬢も多い。

「ライバルが倍になりましたからね。」

ふっと笑う気配がしたので振り返る。

短く自分用に作った上着は白地に緑のラインの入った近衛の制服。肩にある青い勲章は王子の瞳と同じ輝きを持っていた。

それでも、相変わらず小さな茶色のシッポを後頭部にちょんとつけたまま。

視線がだんだん仰がなくてもいいようになったのが変わった所。

「エリオット。お前の時は十~分に応援してあげるよ。」

「え~。そんな恐れ多い。」

にやにや笑いで大げさにかしこまって見せるエリオット。

ディートリヒも少し笑った。


王子を遠巻きに見ていた令嬢達が彼の笑みを見て赤くなってのぼせていても、彼は気付いてもいない。

ディートリヒは「よし!」と小さく気合を入れて進みだす。


「あ~あ。」


 エリオットは麗しい王子が無自覚ゆえに令嬢たちに道を阻まれても、いつの間にか眼前に立ちはだかるコーネリウスが壁として立ちはだかっても、ゆっくりと頑張って少女の元に行こうとするのを見守る。

「リッド!」


赤い髪の少女が振り返る。


「ディート。どうかした?」


蠱惑的な笑顔にディートリヒの心臓がドクドクと音を立てる。

ドレスでなくても、たとえ騎士服で令嬢に囲まれた美少年にしか見えなくても。

リッドは綺麗だ。愛しの妖精。

「リッド。今日も綺麗だ。」

「ん?・・・ああ。皆。素敵だって殿下が言ってるよ。」

きゃあ!と奇声を発する令嬢達。


違う。どう言ったら私の気持ちが通じるのか。毎回悩む。


「殿下。ご挨拶周りがありますので、どうぞこちらに。」

背後からコーネリウスの低い声が聞こえた。


「頑張って乗り越えて下さい。」


エリオットの適当な励ましに天を仰ぐ。

もう少し、その壁低くして下さい。


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