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父と母はとても仲が良い。その間に産まれたたった一人の息子として愛されて、幸運だと思う。
問題点を上げるとすれば、父母が国王と王妃で、自分がたった一人の跡継ぎだと言う事だろうか。
ケーキなんかに乗っている、つやつやのベリーの実を美味しそうだと思う。
それと同じ色の光を放つ赤い髪が見惚れるほど綺麗だと思うのは、一緒でいいだろうか。
瞳が話す相手をじっと見つめている。その瞳の色を見てみたい。まだあどけない丸い頬。白いほおに刺した朱が少女が現実の者だと告げる。
幼いながらに、その少女を妖精の様だと思った。
王妃で母。彼女の催した園遊会で、ディートリヒはまだ幼い彼女を見つけた。
誰かの連れとしてやって来たに違いない。王子の交友を広めるために開かれたそれは、あらゆる伝手を頼って、少年少女がやってきて、かなり規模の大きいものになっていた。
彼女は自分より幾つか年下に見える。彼が通う王立の学園では見かけたことがなかった。
その瞳を自分の方に向かせたくて、ディートリヒは我知らず彼女の方へ歩いていた。
「ディート。」
遮るように出てきた少年に愛称を呼ばれ面食らう。
茶色の髪と同じ色の瞳を持つ一つ年上の騎士科の上級生。言葉を交わしたのは、。剣の実技授業の時ぐらいだ。優秀な上級生。軍家の嫡男そんな知識しかない。
「コーネリウス。」
退いてくれと言いたかった。
コーネリウスは人懐こい笑顔を浮かべていた。だが瞳の奥は笑っていなかった。
「ディートリヒ殿下。今日はお招きありがとうございます。」
「ああ。わかった。」
コーネリウスの口の端が微かに引き攣る。それでも、そこから退かない。
「すまないが、私は他にも挨拶をして回らなければならないから。」
失礼する。そう言おうと思ったのに。
「そですとも!殿下。まず私の友を紹介してあげます。」
「は?」
王子に有るまじき声が出てしまって、ごほっと急き込んで誤魔化す。
「ニック。ソーマ来い!ディートリヒ殿下だ。」
「い、いや。」
いいと、言いたいのに、コーネリウスはなれなれしく肩に手を置く。
彼の友は近くに控えていたのか、すぐにやって来た。
王子の交友を広めるため開かれている宴なのだから、紹介は結構とは言えない。コーネリウスは自分の背後にいるだろうドレスの少女たちをチラと見るフリをする。
「殿下はお若いのに、令嬢方との歓談などがお好みで?」
言外に男らしく無いとの意味を含ませて囁かれた。そういわれるとディートリヒは、つくりとプライドを刺激されて、少女に声をかけるのを躊躇した。
コーネリウスは他意はないという感じを装って、愛想笑いを浮かべる。
自国の王子に対し偉そうな態度。しかし、ディートリヒは今日は外交の場じゃないし、と気にも留めなかった。いや、少しはムカついたが、父譲りの笑顔の仮面で乗り越えた。
そのままの態度でコーネリウスはディートリヒを見下ろしてくる。ディートリヒは正直この年上の少年が苦手だった。この国の軍の最高司令の息子という肩書が苦手意識を産むのかも。と言い聞かせ、とにかくそつない笑顔を張り付ける。
「あちらに行きましょうか殿下。さあ。」
どんどんコーネリウスのいいように誘導されている気がする。チラと彼の肩越しに少女の居た方を見れば、もう彼女の姿は無かった。
この会が、将来の重臣や花嫁候補を集めているのでは?などという妙な噂が出たせいで、小規模の筈が大規模になった茶会。見えなくなった少女を探すことは不可能だろう。
思わずため息をつき下を向く。
「誰が・・・。」
「え?コーネリウス。」
今、物凄くどす黒い気を感じたんだが?
見上げると、爽やかな笑顔。目が笑っていないのは気になるが、軍家との繋がりも大事だと思い直す。彼は『将軍の子息。繋がりは大事。』と心で何回も唱えて言い聞かせる。
気を取り直して、せっかく来てくれたニックとソーマだったかに挨拶をする。彼らもコーネリウスと同じ学年で、家族が軍に所属しているらしかった。
「これから、仲よくしてくれると嬉しい。」
二人は顔を見合わせて、苦笑いした。そして、コーネリウスより嘘の無さそうな笑みを浮かべて、「殿下にそう行って頂けると嬉しいです。」と言ったのは人のよさそうなそばかす金茶の巻き毛の少年ニック。「実技ではご一緒出来るかもしれませんのでその時は。」そう礼儀正しく返したのはソーマ。黒髪のソーマは他国の出身の様な気がする。切れ長の眼は黒。肌は雪のように白かった。
思ったより友好的な(コーネリウス除く)彼らに親近感を覚えた。
***
園遊会から数週間がたったのに。
赤い髪の残像が離れなくて、まさに数週間ぶりの親子水入らずの夕食だったというのに身が入らない。
美味しかっただろう果実の練り込んだデザートを食べ終わると、さり気なく母にその少女の事を聞いてみた。
「学校に通っていない子?」
「珍しい色の髪の・・・。」
小さい子もいましたよね、と言えば解るはず。彼女の髪は特徴がある。赤毛といっても、彼女のは不思議な光沢があって透き通るような淡く鮮やかな色なのだ。
「ああ。あの娘ね。」
ふふふと嬉しそうに笑う母は「良く見つけましたね」というように喜色ばんだ。
「あの?」
「とても可愛らしいお嬢様でしょう?ディートリヒ。」
「え?ええ。」
内心の動揺を悟られない様に努める。父の視線を感じる。始終無表情な父はいったい何を考えているのか想像もつかない。
「ミルドレッド・リリー・ルグルトというのよ。」
「ミルドレット?」
自分でも行ってみる。名前が分かった。単純に嬉しい。
「リリー・・・ルグルト!?」
最後家名を強調してしまう。
「ええ。あの精悍なハディス将軍からは想像つかない可憐なお嬢様よね。」
母はくすくす笑った。何処が笑えるポイントなんだ。母はあの武骨で大きくて鋭い目つきの武人が怖くないのだろうか?
父の視線がますます痛く感じる。視線だけで攻撃されている気になってしまう。
ハディス・ルグルト。オリストレア国の軍部最高司令官。
彼女が『鬼神』などと、比喩される彼の娘。
ディートリヒは、合わせてもう一人の顔を思い浮かべた。将来は将軍の後を継ぐだろうと、噂される優等生の少年。コーネリウス・ルグルト・・・。
とても嫌な予感しかしない。
***
「ネリー兄様。」
甘えたように妹が呼ぶ愛称は兄にとって唯一無二だ。
「なんだ?リッド。」
にやけるのを我慢して威厳を持って返事してみる。(友人に言わせると威厳は消し飛びデレデレしている顔にしか見えないそうだ。)そのコーネリウスを嬉しそうに見上げるリッドは、眠そうなとろんとした目をしている。
今日は初めてのお茶会で、はしゃぎ過ぎたのだろう。
「とっても楽しかった。」
「そうか?良かった。」
屋敷に帰った二人は夕食を終えるといつも通りリッドの部屋で、二人が離れていた間の報告会だ。
十三と八歳の兄妹。未だに一緒のベッドで寝ることもある。と、言ったら友人たちはどう思うかな?と一緒に寝台で並んでるリッドを見ながら思う。
俺のリッドが一番可愛かった。つい、二人を前に呟けば、あ~あ。と盛大に呆れられたが「たしかに可愛いよ」とニックが言ったので失礼なのには眼をつぶってやる。
「王子殿下ともお話ししてみたかった。」
「しなくていい。」
満面の笑顔で即答しておく。
「?」
「さあ。もう寝ろ。一緒に寝てるから淋しくないだろ。」
父は殆ど帰ってこない。祖母も屋敷には居るが、行動が読めない人なのだ。だから幼いリッドはいつも少し淋しくて、兄を頼る。夜は頻繁に一緒に寝付く事になる。
「うん。さびしくない。ネリー兄様と一緒でうれしい。」
「お休み。俺のリッド。」
額にキスを落とせば、ふふ。とリッドが笑う。天の使いかと思う愛らしさ。
安心したように目をつぶるその姿も可愛い。じっくりと眺めてから、コーネリウスも眠りについた。
***
晴れた日のお茶会で、兄に連れられ王子を遠巻きに教えてもらった。失礼の無いように、顔を覚えて。と、兄は言った。明るい青い目。短く切り揃えられた白金の髪。癖の無い髪を時々うっとうしそうに掻き上げる仕草。年相応の幼さの中に整った容貌。
リッドは女の子の様に綺麗なその子を見てお友達になってみたいな。と思った。
「お話ししてもいい?」
「だめ。」
兄は即答して、にっこり笑った。
どうして?と悲しそうな顔になった妹に兄は気の毒そうな顔をして、彼女の額にほおずりした。
「ごめん。リッド。王子は知らない女の子と喋っちゃだめなんだ。」
そう。嘘でもない。真実でもない。リッドは不思議そうにしたが、コーネリウスが「王子だからね」と訳の分からない事を言って、煙に巻いた。
「ふうん?」
解らなくとも、兄の意向は察したのか、リッドは一度も王子に近づかなかった。
でも、内緒で少しぐらいはお話してみたいな。リッドはそんな風にその日考えた。
***
夕食から数日の後、ディートリヒの願いは通じたのかチャンスが訪れた。




