blood1-回帰現象-
赤。黒。赤。黒。赤。黒。黒。黒。黒…
視界いっぱいに広がるのは、『自ら』次々と発火してゆく“ヒト”と黒く焼け焦げたヒトであった“モノ”。人々は、逃れる事が出来ないと気付いてもなお、狂ったように泣き叫びながら逃げ惑っている。余りに非現実的な光景に、ただ呆然と立っているしかなかった。恐怖を感じていない訳ではない。これまで感じたことの無い強い恐怖に、むしろ冷静になってしまっていた。知性と道具であらゆる困難を乗り越えてきたヒトが、まるで焼却炉の中に突っ込まれたゴミの用に灰へと変わっていく。また一人、発火した。
これは一体何だ?俺は今日もいつも通り学校へ行き、ごく普通に授業を受け、部活をして、帰りにちょっと駅のコンビニへ寄り雑誌の立ち読みをして、電車へ乗ったはずだ。そこまでは、普段と全く変わらない、ごくごく普通の帰路だった。
少し疲れて眠りそうになった頃、若い女性の悲鳴が響いた。驚いて顔を上げると、彼女の右腕から火が出ていた。不思議なことに、それは彼女の衣服やカバン、座っていたシートに引火することはなく、ただ彼女の体だけが炎へ包まれていった。彼女が骨だけを残し完全に灰になった頃、二人目の発火が起こった。その現象は三人目以降も途切れることはなく、車内は大パニックに陥った。ドアや窓からの脱出を試みる人も居た。しかし、機器の不具合によって走行中に全てのドアが開き、数十人が車内から振り落とされ死亡するという大事故が起きて以降、この町に走る電車は全て走行中に絶対にドアは開かない仕様に変更されている。皮肉にも、安全のために行われた仕様変更によって、乗客は逃げることの出来ない地獄へと突き落とされたのである。
まだ発火することなく生き残っているやつがひたすら何かを呟いている。
「これはきっと天罰だ。自然を破壊し、動物から住み処を奪った俺達への天罰なんだよ。」
なるほど、確かに、こんなことをやってのけるのだ。そんなの恐らく神様くらいだろう。ならいっそ、その神に見逃してくれとでも祈ってみようか。それを口にしようと思った時には、既にそいつは逃げ場を探すようにして何処かへ行ってしまっていた。
…そろそろ自分の番が来る頃のはずだ。これから味わうであろう苦痛の事を考えると少しばかりゾッとするが、もう諦めが付いたのだろうか。先程とはまた違う意味で落ち着いていた。そういえば、さっきのヤツはもう死んだのだろうか。
そんなことを考えていた時、ふと思い出したのは、同じように赤と黒で埋め尽くされた世界。そして空に浮かぶ、それこそ神のような月。いや、月にしてはやけに大きかった。それに表面に雲もあった。逃げ惑う人々も走らずに飛んでいたような気がする。
や、待つんだ、自分はそんな景色いつどこで見たと言うのか。これが走馬灯だっていうのなら、俺はこの景色をどこかで目にしているはずだ。でも、そんな景色この世界のどこに居たって見ることなんてない。月には水も大気も存在しないし、人は自力で空を飛べる生き物では無い。
落ち着いたと思っていただけで、実は恐怖で頭がおかしくなっていたのだろうか。でも、もしこの記憶が本当で、自分がそこに居たのだとして、そしてそれが今と全く同じ状況だとしたら、その時、自分はどうなって───────────────
一瞬左手首に痛みが走った後、俺の思考はそこで途切れた。