表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

02森の中で

ちょっとだけ血が出ます。

「くしゅんっ」

 自分のくしゃみで目が覚めた。辺りは暗く、すっかり寒くなっている。

 頭が痛い。くらくらする。

 吐き気がしたので、目を閉じて頭を抱えるように体を丸め、そのまま少しの間じっと耐える。しばらくして吐き気がおさまると、頭痛に顔をしかめながらもそっと上半身を起こしてみる。

 その時、辺りを見てふと気がついた。

 ここは学校じゃない……。

 まだ治まらない痛みに顔をしかめながら周りを見渡す。緑の葉が生い茂った木々に囲まれている。月が出ているのだろう木々の隙間から光が覗いているが、葉に遮られてほとんど見えず薄暗い。

 あの男が落ちた私を見て、死んだと早とちりしてどこかに捨てたのだろうか。だとしたら、男が戻ってくるかもしれない。とりあえず、ここから逃げないと。

 目が暗さに慣れるのを待ってから、もう一度辺りを見回す。すると、自分の傘がぽつんと離れた場所に置いてあった。

 襲った証拠を残してくるほど犯人もバカじゃないって事かな。どうせなら、鞄も持ってきてくれたら良かったのに。そしたらケータイで助けを呼べたかも。まあ、こんな森の中じゃ携帯も繋がりそうにないなぁ。

 つらつらと考えながら、傘を拾い上げる。もしも、森の中であの男と会ったら、めいいっぱいこれで殴ってやると決意する。その時少女の叫び声が聞こえた。叫び声を聞いた春花は傘を握りしめ声のした方向へ走り出した。

 しばらくすると少女を守る様にして少年が大きな獣と対峙していた。獣はゆうに2メートルは超えているだろう。獣は昔読んだ動物図鑑に載っていたピューマにそっくりだった。

 褐色の毛並みに琥珀色の目。しなやかな体躯に鋭い爪がついた力強い前足。

 そんな獣を前に少年は必死に剣を構えている。しかし、恐怖で膝がガクガク震え、剣先が下がってしまっている。

 その鋭い爪で引き裂かれたのだろう。肩から赤黒い血が流れて小さな血だまりを作っていた。走ってきた春花を見て、すがるような視線を投げかけ、何か叫んだ。

 なにこれ。なんでピューマがこんなところに……。

 あまりの状況に呆気にとられる。この状況に混乱している春花でも、とてもあの少年が勝てるとは思えない。

 獣が後ろ足にぐっと力を込めた。襲いかかる気だ。春花はとっさに足元の石を投げつけた。慌てて投げたので獣には直接当たらなかったが、獣の気を引くことはできたようだ。

 少年達を気にしながらも、狩りの邪魔をされ、怒りに満ちた目でこちらを睨んでくる。恐怖で息を飲む。

 どうしよう。

 とっさに石を投げつけたけれど、春花には勝てる自信がなかった。

「ピューマと戦うとか、むりでしょ。」

 思わずそう呟きながら、今度は自分の窮地に頭を悩ませる。その時、少年の構えている剣が目にはいった。あれならいけるかもしれない。

 春花は恐怖で震えそうになるのをなんとかこらえ、すっかり体になじんだ剣道の構えをとった。

「剣道三段をなめるなっ」

相手を牽制し、自分を奮い立たせる為におもいきり怒鳴った。獣がこちらに向かって駆けてくる。鋭い爪で襲いかかってくるのを春花は半歩下がってその攻撃を避け、すぐに獣の頭に傘を降り下ろした。獣が避けたので、頭には当たらなかった。

 しかし、右肩を強く叩かれ、獣の標的は完全に春花に移ったようだ。もはや後ろを気にすることもなく、春花だけを怒りに満ちた目でとらえている。

  春花は獣から目を放すことなく、傘を構えたまま少しずつ少年達との距離を縮めようと反転する。しかし、半分ほど回ったところで獣が飛びかかってきた。

 春花はとっさに転がり、少年との残りの距離を一気に詰める。少年の両手から剣を奪い取ると、振り向きざまに獣を切りつけた。

 無我夢中で剣を振ったので、当たったのは奇跡に近いだろう。前足を切りつけられた獣は怒りのうなり声をあげた。

 その時、離れた場所から誰かの声が聞こえた。だんだん近づいてくる。獣は応援が来るとこれ以上は勝目が無いと判断したのだろう。悔しそうな低いうなり声を一声残して、その場から走り去っていった。

 ふぅっと安堵のため息をこぼす。肩の傷をおさえてうずくまっている少年のほうに向き直り、声をかけようとした。ちょうどその時、がさがさと茂みの揺れる音がした。

  獣が戻ってきたのかもしれない。

 なんとか剣を構えなおしたが、その恐怖に顔がこわばる。

 しかし、茂みから出てきたのは一人の青年だった。少女が嗚咽で震える声で何か言った。どうやら、知り合いらしい。

 安心して剣を下ろしかけたその時、少年が手にしていた弓に矢をつがえ、鋭い声で怒鳴りつけてきた。

 春花はわかってしまった。自分がどんな風に見えているのか。足下には少年が血を流しながら肩を押さえてうずくまり、少女の顔は涙で濡れている。そして、私の手には少年から奪った血の滴る剣。私はそれを青年に向かって構えている。

 なんとかして、誤解をとかなくてはいけない。

 そう思ったが、声が掠れて思うようにならない。なんとかして声を絞り出そうとした時、さっきの頭痛が戻ってきた。

 視界が徐々に狭くなり、耳鳴りがする。まるで舟の上に居るかのように地面が揺れている。

 そよ風が甘い香りを運んできた。手から剣が滑り落ちていく。春花は剣と共に意識も手放してしまった。



2013/12/21改稿

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ