《天才と天災》
天才と天災の違いは他人にどれだけの損得を与えるかだけだ
「天才と天災の違いは何だと思う?」
朝飯を食い終わって、食後のコーヒーを飲んでいたら、幼馴染みの八束 鶯(やつか うぐいす)にそう質問された。
無視するわけにもいかず僕こと逸執 天晴(いつしつ あまはる)は彼女にこう答えた。
「天才は生まれつき備わった優れた才能を持つ奴のことだ。つまり、物理・科学・生物・地学の理科分野で恐ろしい成績を持っているお前のことだぜ、鶯?
天災の方は暴風・地震・落雷・洪水など自然界の変化によって起こる災害のことだ。」
と、僕が正直に答えてやったら
「はぁ、私はそうゆう意味で聞いたんじゃないよ、あっぱれ」
あろうことか、ため息をつかれた。ちなみに、あっぱれというのは、鶯が僕につけたあだ名である。
『天晴だからあっぱれだ』彼女は幼稚園の時に僕にそういったのだ。
しかし、先程のかえしかたは失礼である。向こうから聞いてきたから素直に答えたのに、この扱い方は雑すぎるだろう。
「じゃあ、どうゆう意味で言ったんだよ?」
「私がいった天才と天災というのは、天才が何を持って天災と決めつけられるのかを聞いていたんだ。」
「そりゃあ、人類にとって害をなすことをしたら天災扱いされるんじゃね?」
「なんで?」
「なんでっていわれてもそいつがやったことで誰かが被害を負ったら、嫌な気分になるからとかだろ、そんな単純な理由ぐらいしか僕は思いつかないけど、偉い人とかからしたら一種の脅威に見えてるのかもしれないな」
「もし、被害者が一人だけでそいつがやったことが人類いや、世界のためになることだったら、そいつがやったことは駄目なことかい?」
「それは理由や人とかで価値観は変わるだろ。例えば、被害者がとんでもなく最悪な奴だったら喜ぶ奴だっているだろうし、どんなに最悪な奴でも被害を与えるのは駄目だっていう奴もいる。誰か一人の一存じゃとても決められねぇよ。」
「貴重な意見をありがとう。うん、まぁ確かに誰か一人じゃ決められないな。でも、やっぱりそれによって出る被害や自分たちにとって損得であるかで考えられているのかなぁ、天才や天災の違いって。」
鶯の奴はそういってため息をついて、研究室に戻っていった。
ここで一つ、八束 鶯について話そう。
八束 鶯はまぎれもない天才だった、それはもうあり得ないくらいの天才だったのだ。彼女の偉業は語り尽くせないくらいある。でも、そんな彼女も今では、凶悪な国際指名手配犯扱いだ。
だけど、それは仕方がない事である。彼女はそれくらいのことをしているのだ。
例を一つ挙げると
関東地方をメルトダウンさせた張本人である。
これだけでも充分酷いに、まだまだあいつは失態をおかしている。それらの話はまた今度にしよう。
なんかぐだぐだと中身のないことしか言ってないような気がするがいつものことだし、落ちらしきものをつけるとすれば
結局のところ、天才と天災の違いは他人にどれだけの損得与えるかだけなのだ。
利益になることをすれば天災は天才に成り上がれるし、損することをすれば天才は天災に成り下がるのだ。
まぁ、それが人間らしいのだが
今回の天才と天災の違いはこれにてQED(証明終了)
次回
「友達と親友」




