正反対の男(7)
「げっ……」
ハンターが気付いた時にはもう遅い。私は行商人のすぐ後ろまで迫っていた。
「逮捕ー!」
大きく振りかぶってぇ……ピコンッ!!
私のピコピコハンマーが、行商人の後頭部に炸裂する。勢いで行商人は前によろめいた。
「痛い! 地味に痛い! この女ぁ、禿げたらどうすんだ!」
頭を押さえた行商人は、怒りに任せてさけんだ。取締隊の制服を見ても怯まないということは、コイツもしかして初犯じゃない?
「良かったわね! 禿げは男性ホルモンの証よ! セクシーダンディーになれるじゃない!」
「色気も糞も無いモン振り回してる女に言われたくねぇよ!」
ぬぁに!? 私の開発したピコハンを馬鹿にして!
「あのねぇ、これは女性的でエレガントなシルエット且つ軽量で実用的なデザインなの! 美しさと機能を兼ね備えた……」
「あのー、犯人逃げてますよ?」
私の熱弁を、ハンターが遮った。
ああっ! 行商人の奴、車に乗り込もうとしてる! この際ハンターはまだ購入してないから放置でいいや。こっちも急いで車に戻らなきゃ。
引き返そうとした私のすぐ横に、ピンクのパトロールカーが急停車した。
「早く乗ってください」
「トーマ! 気が利くじゃない。あの車を追いかけるわ。サイレン鳴らして」
「ラジャー」
私が助手席に乗り込んだのを確認したトーマは、サイレンボタンを押し、思い切りアクセルを踏んだ。
「ちょっと! 危ないって!」
こんなにスピードが出たのかと驚くくらいの猛スピードで走るパトカー。焦る私を余所に、運転するトーマは平然としている。
「これくらい速度出さないと、見失います」
「その前に誰か轢いちゃうわ!」
「ちっ、誰のせいでカーチェイスしてると思ってんだよ……」
舌打ちをしたトーマは、添え付けの拡声器を取った。
「えー、ただ今犯人追跡中。轢かれたくない善良な市民の皆さんは、全力で避けてください。先に言ったからな。轢かれても文句は受け付けん」
「トーマ! 何てことを……うわぁ!」
急にドリフトするもんだから舌を噛みそうだ。タイヤが傷むからマジでやめて欲しい。
犯人のの車も負けじと急カーブを繰り返し、細い道路を駆け抜ける。
「近道します」
無言で助手席にしがみつくしかない私に、トーマがポツリと言った。そしてまた急に曲がったと思ったら、片側のタイヤを歩道の花壇に乗り上げ、その勢いで車体を傾けたままビルとビルの隙間の路地を突っ切った。
「無理な追跡はやめなさいって!」
「抜けるまでじっとしててください。バランス崩すと、車体が挟まったまま出られなくなりますよ」
「ひぃぃ!」
そして抜けた先は、大きなメインストリート。すぐ前に追っていた車があった。
「応援を呼んで進路を塞ぐしかないのかしら」
「いえ、このまま捕獲します。ちょっと代わってください」
「は? な、何言ってんの! ってうわっ!」
トーマはいきなりハンドル放した。
「オートマにも限界があるって!」
「だから早く運転席に移動してくださいよ」
私が助手席から身を乗り出してハンドルを取ると、トーマは無理矢理後部座席に移った。
「ちゃんと座りましたか? じゃあ、追跡車輌の真後ろににぴったり着けてください」
「わ、分かったけど、何する気?」
「車ごと捕獲するんですよ」
「はあ?」
トーマは構わずバズーカを担いで、上半身ごとウインドウの外へ乗り出した。
ボヒュンッ!
大きな音がしたと思ったら、ロケット弾が発射された。直後に追跡車の後ろのタイヤが吹っ飛ぶ。
「ブレーキ!」
トーマに言われて、私は慌ててブレーキを踏み込んだ。
犯人はタイヤ一つ無くしても尚逃げようと走っている。
「どうするの?」
私の問いには答えず、トーマはもう一弾バズーカにセットしつ構えた。
ボヒュンッ!
またロケット弾かと思いきや、今度は巨大なネットが視界に広がった。あっという間に犯人の車は包まれる。
トーマはその瞬間、ネットの繋がったバズーカを、街灯目掛けて投げた。
巨大ネットのロープは、バズーカを重りにブンブン街灯へ巻き付き、捕獲した車を引き止めた。犯人は車が止まっても尚逃げようとドアを開けたが、ネットに包まれて出られないと知ると、ようやく観念した。
「街灯、ちょっと曲がってるし……」
「曲げたのは犯人の車です」
「バズーカの爆風でパトカーの側面が傷だらけ……」
「使い込んだ風の味が出て良いじゃないですか」
行商人をしょっ引きながら、トーマは悪びれもなく言ってのけた。
車はジーンズやスニーカーじゃないっつうの。後で猫ちゃん達にまた引っ掛かれるぞ。