正反対の男(5)
しばらく行くと、黒塗りのパトロールカーが停まっているのが見えた。その近くで取締隊員二人が、何やら話している。
「あ、ユハだ」
「知り合いですか?」
「第10部隊の隊長よ。一緒にいる人は見たことないから新人君かしら」
うちの乙女チックな色の車を馬鹿にした第10部隊のそれは、一見シンプルだが、中身は凄いことになっているらしい。何でもエンジンがどうとかターボがこうとか、タイヤがうんたらかんたら、とにかく機能重視でチューニングしているそうだ。前にユハが自慢タラタラ説明していたが、私にはさっぱり分からなかった。だって、車をグレードアップする時は、早く走れるように、とか燃費が良くなるように、とかそんな希望で提出しても、勝手にやってくれるんだもの。
「うちの猫ちゃん達とは仲悪いけど、一応お隣さんだし、挨拶しとく?」
「はぁ、どっちでも……」
トーマはやる気なさそうな返事をした。
私が黒塗りの後ろに車を着けると、ユハは少し嫌そうに眉をひそめ、眼鏡の位置を直した。
「ああ、今日連れてるのは女の子じゃないから安心して。新人のトーマよ」
後部座席から出てくるのが男だと確認したユハは、途端にホッとしたように表情筋を緩めた。こないだの集団抗議が相当こたえたらしい。揉め事厄介事の嫌いな彼は、最近うちの女性隊員達を避けているのだ。
「パトロールの説明かい? 僕のところもだ。新入隊員のマッケンロー君」
「本日付で第10部隊隊員となりました、マッケンローと申します! よろしくお願いします!」
ユハの紹介で、新人のマッケンローはビシッと敬礼した。マッチョでいかにも上下関係きっちり守ります的な雰囲気だ。
「ほらトーマ、あなたも……」
あちらとは逆に、うちのトーマはポケットに手を突っ込んだまま立っているもんだから、私は横から肘で突いて催促した。
「……はいどーも、トウマです」
「こらっ、何その言い方!」
さっきの制裁でボタンの千切れた上着の前をダランと開けたトーマの緩い緩い挨拶。それを見て脱力したユハの眼鏡がまたずれてしまったじゃないか。しかもマッケンローの真似をしたのか、これまた緩~く敬礼もどきなんぞするものだから、私は恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「き、君なら第11部隊でもやっていけそうだね……」
ユハがそう言って眼鏡を直しつつフォローすると、トーマは肩をすくめた。
「そうですか? 既に心が折れそうなんですがね」
いけいけしゃあしゃあと、何言ってんだか。遠い目なんかして、白々しい。
「第10部隊は男所帯だからね、むさ苦しいけど、そっちは花がたくさんいるじゃないか」
「いえ、こちらはむさ苦しさ通り越して、息苦しいですよ。破廉恥な格好した集団にボコられるのは」
「ええええ?」
ユハが信じられないと言った顔で私を見た。
「カシェリー君、こないだ僕のとこの隊員がそっちの車を"頭悪そうなピンクだな"って言っただけで、乙女心が傷付けられただのセクハラだの言ってきたけど、宿舎内で破廉恥な格好をしているとはどういうことだい?」
うーん、やっぱりあの脅しには少々無理があったか。残念。
「宿舎内の自由時間にどんな格好をしていてもいいじゃない。それで外に出るわけじゃなし。女は見えない所でもオシャレするの。乙女心が分かってないわね」
「見えない? 丸見……ぃって!」
トーマがまた余計な事を言いそうになったから、とりあえず足を踏んで黙らせた。
「じ、じゃあこっちはまだパトロール終わってないから行くわ」
私はユハが首を傾げている隙に、トーマを後部座席へ押し込み、車を発進させた。
「精神的苦痛とセクハラで脅して、ペナルティを逃れたんですね?」
「うぅっ、あなた変なところでまともなこと言うのね……」
「……どーいう意味ですか。俺はいつでもまともです」
「バズーカ持ち込む人に言われたくないわ」
運転しながら言い争っていると、前方に止まっている車の陰で、何やらこそこそしている人影を発見した。私の取締隊としての勘が、怪しさ満点! と反応する。
とは言えピンクのパトロールカーは目立つから、少し離れたところに停め、車を降りた。
「トーマ、あなたはここで待ってて」
バズーカを持って降りようとしていたトーマを制す。
「え? 何でですか?」
「馬鹿! こっそり違法行為を確認して現行犯で押さえるのに、そんなでかい武器持ってたら隠れられないでしょ!」
私が至極当たり前なことを言うと、トーマは不満げに渋々車へ戻った。
まったく、問題児な上に天然とか、勘弁してほしい。