正反対の男(3)
玄関に一歩入ったトーマは案の定、思い切り顔をしかめた。やっぱりトーマもアロマは苦手なようだ。
「何っスか、この臭いは」
「ちょっとの間我慢して」
私の背後でトーマが何やらポケットを探っているが、待たせるのは平気でも待つのは嫌だという子が中にうじゃうじゃいるから、とりあえず無視。
「皆、紹介するわ。今日から第11部隊の隊員になった、クリス・トー……」
紹介しかけて止まった。ホミーが物凄い形相で私の後ろ、トーマを睨みつけているのだ。
「どうしたの? ホミー」
不思議に思って振り返ると……
「ち、ちょっとぉ!? そんなあからさまな!」
私は驚いて思わず叫んだ。なんと、トーマはあろうことか、書類等をまとめる大きめのクリップで、鼻をしっかり摘んでいたのだ。苦手と言ってもちょっとは遠慮というものが無いのか。
「喧嘩売ってんの?」
ホミーの声が低くなる。これは相当怒っているぞ。
「臭い! そして見苦しい!」
「なぁーんですってぇ!?」
トーマの言い放った言葉に食いついたのはマリアンヌだった。彼女は特等席から降り、ホミーを押し退けてツカツカと前に出て来た。
「見苦しいとは何よ! 今月のテーマは"ぶりぶり下着"って決まってるの!」
マリアンヌの言葉に他の子達も「そうよそうよ」と次々に同調し、トーマの周りを取り囲んだ。私はあれよあれよという間に押されて、完全に輪の外だ。
「下着の極意はチラリズムだ! 堂々とひけらかすのは見苦しい以外の何物でもない!」
人垣でよく見えないが、どうやらトーマが独自の下着論を繰り広げているようだ。こだわりを持つのは結構だが、そんな言い方で女が納得するわけがない。
「男の勝手な持論なんて知らないわ! 新人が初っ端からケチ付けてんじゃないわよ!」
ああ、まったくだわ。初日から問題を起こさないで欲しい。マリアンヌがヒートアップしてるじゃないか。
どう収拾を付けようかとおろおろしていると、ダリアがこちらに寄ってきた。
「ミア姐さん、危ないからちょっと外に出ていて?」
「え、そういうわけには……」
ダリアに有無を言わさぬ勢いで押された私は、大部屋の外に出されてしまった。
「私が提案した"ぶりぶり下着"を否定するなら、相応の制裁は受けてもらいます」
そうだ、今月のテーマの発案者はダリアだった。淡々としているようで、実はこの子が一番ぶっ飛んでいるかもしれない。「少々お待ちを」と言って閉める扉の隙間から見えた彼女の顔といったらもう……
閉め切られた扉の向こうからしばらくの間、女の子達のワーキャーいう声と、トーマの「いってぇな凶暴女!」とか「ガリ股はやめろ! 下着を何だと思ってやがる!」とかいう罵りが木霊した。
それからだいぶ中が静かになったと思ったら、扉が少しだけ開けられ、隙間からトーマがペイッと蹴り出された。彼の制服のボタンはいくつか千切れ、頬には引っかき傷のようなミミズ腫れ、額は薄っすら赤くなっている。壮絶な制裁を受けたようだ。
そんな彼を蹴り出したマリアンヌは、扉から顔を覗かせだ。彼女の額も赤くなっている。
「手を出さなかった男気だけは認めてあげるわ。今後、言動には注意してね」
マリアンヌはそう言って軽くウインクをすると、顔を引っ込めて扉を閉めた。
トーマが手を出さなかったということは、両者の額が赤い原因は、マリアンヌが頭突きをかましたからなのか。さすがうちの女番長なだけはある。
「良かったわね。皆一応あなたを迎え入れてくれるみたよ」
「入る部隊を間違えたかな。俺は女と乳繰り合う暇はないんだが」
「そんなこと言って、中の猫ちゃん達に聞かれたら、またシメられるわよ?」
「猫ぉ? いやいや、あれはメスライオンの群れですよ。オスより凶暴だ。部下を甘やかしまくってるって噂は本当だったんですね」
「グルドー司令官ったらまた余計なこと吹き込んで……皆気まぐれだけど、やる時はやるいい子よ。猫みたいでしょ?」
立ち上がろうとするトーマに手を貸し、医務室に行くかと聞いたら断られた。よしよし、丈夫に出来てるぞ。第11部隊では、男性隊員はこうでないとやっていけないのだ。さっきみたいな諸々の事情により……