頑なな男(3)
コロッケが消えたことは確認した。タイヤがどうなったのか気にかかるところだが、話はまだ終わっていない。
「黒い物体ベゼについては、トーマ以外にも知っている者がいたということだが……」
今度はザベディアンも一緒に、再び司令官室へ戻った後、グルドー司令官はトーマを見ながら呟いた。
そう、女魔術師は、"ベゼ"という名前や、奴が最終的に解体するというところまで知っていたのだ。トーマが今になってようやく明かしたベゼの存在。巷各地で簡単に入手できる情報だとは思えない。
「あの女魔術師は知り合いだったの?」
「いや、全く」
首を捻るトーマに嘘をついているような素振りは見られない。
「俺はベゼのことをここ以外で漏らしたことはない。たいていの隊員や一般市民も、気色の悪い物体が現れ始めた、くらいにしか思ってなかったはずです。そうだろう?」
トーマがドットとマックに聞くと、彼らは二人とも頷いた。
確かうちの猫ちゃん達も、黒い物体が出たから気をつけろという全部隊通知があった時、「何それキモイ」とか言って、初耳だったようだ。
「じゃあ彼女はどこでベゼの情報を入手したのかしら……?」
「その前に、トーマはどうやってベゼを知った?」
ザベディアンが口を挟んだ。途端にトーマの顔が歪む。
「どうやってって……何度か目の前で害獣とかに憑依したり、解体してるところを見たんですよ」
「奴の行動パターンについては、な。だが"ベゼッセンハイト"、通称"ベゼ"という名はどうだ? 全く知らぬと言う女魔術師が、お前と同じ呼び方をしていたらしいじゃないか。これは第2部隊以外のどこかで黒い物体の生態を把握し、そう名付けた者がいるという事だろう? お前と女魔術師がそこから情報を得たとすれば説明が付く」
「ベゼのことは不確かな噂レベルで一部に流出しているのかもしれません。女魔術師は詐欺を働くような人間です。裏からどうにかして情報を手に入れたが、それが不完全なものだったんでしょうね。だから安易にベゼに近づき、手錠を解体してくれるなんて思ったんだ。これから先、他にも同じような馬鹿が現れる可能性も十分ある」
「だからお前にしろ女魔術師にしろ、どこでベゼの名を知ったのかと聞いているんだ」
そこまで言われて、トーマはしまったと言わんばかりに唇を噛んだ。私の一枚上手な彼だが、ザベディアンの思考回路は更にそれより上だったようだ。
「……黒い物体を多分最初に見つけたのは俺だ。それをここじゃないある所へ報告した。その習性から奴は憑依と名付けられた」
「アークギドルの治安は取締隊が守っているのだぞ。それより優先して報告する"ある所"とは何なんだ?」
「ベゼは治安というレベルのもんじゃありません」
その時、私はトーマの表情が消えようとしているのに気付いた。
このままじゃ駄目だ。根拠の無い危機感が私を襲う。
「ザベディアンやめて」
「何故だ? カシェリー」
「ベゼがここまで危険なものだと分かった以上、私達は奴らから皆を守らなきゃならない。トーマと取締隊の目的が同じになったということよ。敵じゃない。怪しさ満点の味方なの。"ある所"が何なのか、根掘り葉掘り言葉尻取って無理矢理聞き出して、それでトーマがヘソ曲げて出て行っちゃったらどうするの?」
第2部隊の機械でもベゼの弱点が分からなかったということは、トーマにとって面倒臭いという取締隊は留まる意味が無いのだ。こんな中途半端な情報しかない時点で彼に去られてしまったら、困るのは取締隊の方なのだ。
ザベディアンもようやくそのことに気付いたのか、小さく舌打ちをすると、何も言わず両手を挙げて部屋の隅に移動した。
話をヤマ場でぶった切ってしまったから恐る恐る司令官を窺う。
「司令官、トーマのことはやはり第1部隊ではなく私に……」
「そうだな。"ある所"は気になるが、カシェリーの意見も一理ある。どうやらトーマは君の方に信用を置いているようだしな」
そう言われて見たトーマの顔には、消えかけていた表情が戻っていた。
今回の報告はこれで終了した。司令官はこの後新たに判明したベゼの危険について、全部隊通知を作成しなければならない為、早々に私達を解散させた。
「ヘソ曲げてって、人を餓鬼みたいに言わないでくださいよ」
新人ハンターが詐取された3万ギドルを事務方に預けに行く途中、トーマが言った。不機嫌そうだが、さっきの何もない表情よりはいい。きっと彼は本気で怒ると無表情になるのだ。
「曲げそうになってたでしょ?」
「あながち間違ってはいませんけど、表現を変えて欲しいですね。でも……」
トーマはそこで少し口ごもり、頭をぽりぽり掻いた。
「よく俺の考えてること分かりましたね。正直、あれ以上突っ込まれたら、あの場で出て行こうかと思ってました」
「そう……あなたの顔を見てたら、黙って行っちゃうんじゃないかって、何となく感じたの」
「怪しさ満点なのに引き止めるんスか?」
「逃がさないって前に言ったでしょ。あなたは第11部隊のルーキーだもの」
するとトーマは可笑しそうにプッと噴出した。
「俺、やっぱり入る部隊は間違えてなかったかも」
それから彼は私の髪を緩くまとめているバレッタを指先で軽く弾き、「似合ってんじゃん」と耳元で囁くと、口をあんぐり開けてそれを見ていたドットとマックを引きずり、先に行ってしまった。
後に残された私は、きっと茹で蛸のように真っ赤だったに違いない。




