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頑なな男(1)

 本部に戻り、私、ドットとマック、レスターから女魔術師の一件を聞いたグルドー司令官は酷く驚いた。トーマは私だけでなく、本当に誰にも黒い物体の詳細を話していなかったのだ。

 当然ながら司令官の視線は、報告の間も黙って壁に寄りかかっていたトーマへ向かう。しかし彼が相変わらずふてぶてしく視線を逸らすものだから、司令官は睨む睨む。穴が空きそうだ。

 「クリス・トーマ、君が危険だと言った黒い物体。今までは実害らしきものが無かったが故に、多少の疑問点があれど黙認してきたが、こうなってしまった以上は知っていることを話してもらわねばならんな」

「……奴の性質なら話しますよ」

「全てを話すわけではないと?」

トーマの挑発的な答えに、ただでさえ重い空気が更に増す。

「全てを知っているわけじゃないが、知っていることを全て話すことは出来ない。世の中には知らない方が良いこともある」

「トーマ! 司令官に向かってそんな言い方ないでしょう?」

私は思わず口を挟んでしまった。

 このに及んでどこまで上から目線なんだ。私をナメるのは仕方ないとしても、父親ほど年が離れた司令官に、まるで世界の全てを悟ったかのような口を利くなんて。

 しかしトーマは平気な顔で首を傾ける。

「そうとしか言い様が無いんですよ。カシェリーさん達が奴の全てを知れば、他の所で取り返しのつかないほそろびが発生するんだ」

「他って何よ。意味分かん……」

私が更に食い下がろうとした時、ドットが間に割って入った。

「そ、それより黒い物体のことを早く教えて下さいよ。知らないまま捕獲なんて危険過ぎます。こうしている間にいつ捕獲している第1部隊の人達が憑依されるか……」

珍しい。こういう場ではいつも縮こまって一言も発しないというのに。庇い立てするほど慕っていたのか。でも言っていることはもっともだ。とりあえずは黒い物体の性質だけでも聞き出さなくては前に進めない。

 「司令官、良いですか?」

「構わん。彼の態度は誰にでも最初からこうだ」

「そうだったんですか……」

どうやらトーマのふてぶてしい俺様な言動は、司令官にも同じだったようだ。

 呆れてため息をついたはずなのに、私だけが頼りなくてナメられていたわけではないという安堵が少しだけ混じった。








 ベゼッセンハイト、通称ベゼ。これが黒い物体の名前だ。暗闇や影から音もなく出現し、あらゆる物に憑依するという。

 ベゼは憑依したものをむしばみ、最終的に解体して消滅させる。女魔術師の全身に突如現れた、格子状の切れ目だ。あの時点で解体が始まっており、そして彼女の体は消滅した。

 「でも、第2部隊で保管されてるコロッケやパトカーのタイヤは?」

確かコロッケは持って帰ってザベディアンが調べたが、結局何も分からず今も第2部隊の冷凍室にあるはずだ。タイヤはパトカーについたまま、今頃誰かが運転しているだろう。

 「憑依したのが物体か生物か、意志の有無か、そういうものによって解体スピードに差はあるようです。これに関しては俺も詳しくは分かりません。自分で見てきたものがそうだったからってだけです。動かない物体より生物、動物よりは意志や理性の高い人間が、より早く解体されるみたいですね」

「じゃあ……パトカーが走行中にタイヤが無くなるなんてことも?」

「有り得ますね。物体の場合は解体が始まるまでに大体数日かかりますが、消滅し出したら速いですから。外しておかなかったんですか?」

 ……外さなかったんだなぁ、これが。トーマに頭突きを食らわせて帰った時は、頭がいっぱいだったし、走行中何も不具合はなく、その後もザベディアンがコロッケに異常は無いと言っていたから、少ないうちの部隊のポイントを使って新しいタイヤに交換する必要も無いだろうって……

 私の表情からそれを読みとったのか、トーマは気まずそうに頭を掻いた。

「憑依されたものから別のものに感染うつることは無いようだから、外しておきゃぁ問題ないかと思ってたんだが」

「うちはポイントが少ないから節約してるのよぉ……あのパトカーは朝から乗って行った子がいるみたい」

 情けない現実だ。ってか司令官とレスターのあわれみがこもった視線が悲しい。

「消滅するってことくらいは言っておいた方が良かったですね。タイヤは帰って来るまでどうにも出来ないし、コロッケとそう変わらない時点で憑依されたから、先にそっちを確認しときますか?」

 トーマに言われて、とりあえず私達は第2部隊の冷凍室へ向かうことにした。

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