期待の男(6)
女魔術師の残したものを持ち、本部へ戻る途中、レスターは寄りたい所があると言い出した。
「オイラ、レスター隊長が新しいサングラスを選んでるとこを連れて来ちまったんです」
マックの話によると、トーマがなかなか見つからず、かと言って延々私を放ったらかしたまま二人仲良く探し続けるわけにもいかないので、早く動き回れるドットがトーマを、そうでないマックは誰でも良いから強そうな助っ人を見つける為に別行動を取ったらしい。その時マックが最初に見つけたのが、商店でサングラスを選ぶレスターだったというわけだ。
「昨日違法取引を繰り返すグループのアジトを押さえた時、サングラスに傷が入ったらしいんです。選び終わってからにしてくれって暢気に言うもんだから、無理矢理引っ張ったんです」
「で、報告に行く前にまた暢気に選んでるってか?」
さっきまでシリアスに思いつめていたトーマも、これには呆れ顔だ。レスターが商店に入ってから、けっこうな時間が過ぎている。
だがレスターはこういう性格なのだ。体格といい、口数の少なさといい、落ち着いた美声といい、一見物凄く頼りになりそうな隊長に見えるが、実は恐ろしくマイペースである。趣味の筋トレに費やす時間はパトロールに出るそれより多い。そしてそんな彼にとって、サングラスはプロテイン同様、絶対に手放せない生活必需品なのだ。
「サングラスは体の一部なんだそうよ。外してるところなんて、見たこと無いわ」
「カシェリー隊長も見たこと無いんですか? あの噂は本当なんですかねぇ……」
ドットはそう言って身震いした。
「ああ、サングラスの下には混沌が広がってるとかいう?」
「はい。見た者はその混沌に引きずり込まれて二度と出て来れないって聞いたことあります」
「ばーか。見た者皆出て来れないんなら、混沌かどうかなんて、誰も知るはずないだろ。都市伝説かよ」
トーマが心底くだらないと言った様子で肩をすくめる。
確かにそうなのだが、レスターの灰汁の強い見た目と怪力を恐れて、誰も確かめようとはしない。本人がひた隠しにしてグルドー司令官さえ見たこと無いくらいだから、何かの傷があるとか、余所様には見せられない程怖い目付きだとか、そんなところだろうと私は勝手に思っている。
「乱れ方がカシェリーさんらしくないですね」
「はい?」
急にトーマが脈絡のないことを言い出した。
「髪ですよ、髪」
「ああ……今日は手こずったからね。いきなり話変えないでよ。ビックリするじゃない」
私は解れたサイドの髪の毛に手をやった。
何が言いたいんだ。女魔術師を一人で押さえ切れなかったという嫌味か? そう思っていたら、トーマは無言で私の髪を束ねているヘアゴムに触れ、一気に引き抜いた。
パサリ……という感覚と共に、首もとが髪に被われる。
「な、ななな何すんのよ、返して」
慌てて手で髪を掴んで抗議したが、トーマはヘアゴムを指でくるくると回し、返そうとしない。
「こんな飾り気のないゴムでひっつめるより、下ろしてる方が良いですよ」
「ええ?」
一瞬心臓がドキリと大きく鳴った。
いけないいけない。こんなことで惑わされてるから頼りない隊長なんだ。というか、何故今ここでいつもの妙なこだわりを出すのか。帰ったら黒い物体について、これまで以上に突っ込んだことを聞かれるだろうに、ちゃんと分かっているのか甚だ疑わしい。
「……そんなの仕事の邪魔だわ」
落ち着け私、と自分に言い聞かせ、それだけどうにか口にすると、トーマはくるりと背を向けた。
「じゃあもっと可愛いげのある髪留め探してきます」
「ちょっと、その店はまだレスターがサングラスを選んでるのよ?」
この商店は眼鏡やアクセサリー等雑貨を主に置いていて、髪留めくらい売っているだろうが、レスターがサングラスを試着しているところに鉢合わせでもしたら大変だ。
しかしトーマは一度振り返ってニヤリと笑うと、構わず商店へ入って行った。もしかして、私の髪留め探しを口実に、レスターのサングラスの下を見ようとしている? そうだ、絶対そうだ。性格悪いなぁ、こいつ。ってかその前に……
「私、本当にナメられてるわ」
常々思っていたことが、つい口から出てしまう。
「やっぱり心を鬼にして、俺について来い的な方がいいのかしら」
続けてそう呟くと、ドットとマックがすがり付いてきた。
「そんなの駄目です!」
「カシェリー隊長は今のままが良いんです!」
「え、でも隊長っていうのは、カリスマ性ビシバシとかリーダーシップばりばりの方が、あなた達も鼻が高いでしょうに」
レスターが良い例だ。呆れる程のマイペースを差し引いても有り余る圧倒的な存在感で、取締隊だけでなく一般市民からも人気がある。
「……隊長が本当に鉄女になったら、ボクらは居場所が無くなります」
ドットが俯いてボソリと言った。
「隊長はどんなに落ちこぼれでも絶対見限らない。だから他の部隊の奴らが馬鹿にしてきても、頑張れる……」
「そんな風に思っていたの?」
「んだぁ。他の部隊じゃそうはいがねぇ」
「そうかしら? ユハ辺りなんか、そんなに厳しくはないと思うけど」
するとマックは小さく首を横に振った。
「厳しいかどうかでねくて、どんだけ落ちこぼれの気持ちを分かってくれるかってことなんです。オイラ達は、今のカシェリー隊長が好きでここに居るんです」
どうやら私にとってナメられるのと慕われるのは紙一重のようだ。私の理想とは違うが、背伸びをせずとも良いと言われているようで、少しだけホッとした気分だった。




