期待の男(3)
「うわぁあぁあ!」
「な、なんだべぁ~!?」
声の方を見ると、ドットとマックが吹っ飛んできた。
「どうしたの!? 手錠かける前に魔術でも使った?」
取締隊の手錠は、斧でも電動鋸でも切れないくらい強く、着けると魔術も使えなくなる。となれば手錠を着けるのに手間取っている隙に抵抗されたのか。
そう思ったのだが、ビルの隙間からのそりのそりと通りへ出てきた女魔術師は、きっちり手錠をしていた。
「ドット、マック! 何があったの!?」
私はマックのお腹の上に落ちて無傷だったドットに駆け寄った。
「ま、魔術師が黒い物に躓いて転けたので、その間に手錠をかけたんです。そしたら魔術師が"ベゼ、解体して!"と言って、黒い物に手錠を近づけて……」
「黒い物って……まさか例の?」
「多分。ボクは実物を見たことがなかったので始めはゴミか何かだと思ったんですが、よく見るとこの前の全部隊通達で聞いたものと似ていました。それは手錠を通り越して魔術師の腕に絡み付いた後、すぐに消えたんですけど、今度は魔術師が物凄い力で暴れだしたんです」
「あなた達を吹っ飛ばすなんて、女の力とは思えないわね」
するとドットはとんでもないと、首を振った。
「ボクならともかく、マックを軽々投げ飛ばすなんて、男でも普通は有り得ません。第5部隊のレスター隊長ならまだしも……」
レスターは脳まで筋肉製と言っても過言ではないからマックを投げることも出来そうだ。しかし今そんなことは問題ではない。これが黒い物体に憑依された人間ということなのか?動物は凶暴化し、エンジン等機械は暴走し、人間は……
女魔術師は虚ろな目で辺りを見回している。完全にホラーだ。
「隊長ぉ、どうします? あの人の目付き、うちの女性隊員より怖いんですけど」
「えっとぉ、どうしようかしら……」
ドットに涙目ですがり付かれても困るんだなぁ。黒い物体の推奨捕獲方法は全部隊に通達されているが、憑依された人間に遭遇した場合とどうするかは聞いていない。というより、人に憑依したという事例はこれが初なのだ。トーマが捕獲事例の全てを報告していたとすれば。
「ドット、すぐにマックを起こして、トーマを呼びに行って」
「ええ? 隊長はどうするんですか?」
「魔術師がここを動かないよう食い止めるわ」
「一人で?! 危ないですよ!」
「仕方ないでしょ。心配なら早くトーマを見つけて来て」
そう言ったら、ようやくドットは目を回しているマックを揺り起こし、パトロールカーまで走った。
詐欺被害に遭った初心者ハンターも逃げたのか、いつの間にやらいなくなっている。一応被害届けの書き方は教えたし、後は自分で出来るだろう。
とりあえずはビルの隙間から出て来てしまった虚ろな女魔術師に話しかけてみる。
「もしもーし、気分はどうですかー? 吐き気とかあります?」
「がるるるるっ!」
彼女の顔面は蒼白だし、二日酔いで思い切り吐いた後のような表情だった為この質問を選んだのだが、威嚇されてしまった。
「そ、そんな怒んないで。吐き気じゃなくてお腹痛いの?」
「ぐぁああ!!」
腰を屈めてのそのそ近づいて来るから腹痛かと思ったが、これも違うらしい。
吠える女魔術師は害獣さながらだ。人とは思えない雰囲気を出している。もしかしたら、黒い物体に意識を乗っ取られているのだろうか。
狂暴になった挙げ句理性が無い者に徘徊されては困る。説得が通じないなら拘束して動けないようにしなければ。
とはいえ、マックを投げ飛ばす程の怪力となった彼女。私の力では敵うはずもない。地道にやるとするか。
「とりゃっ!」
私は気合いを入れて、屈む女魔術師にピコピコハンマーを降り下ろした。
「ぎゃぅ!」
それは彼女の、たわわな谷間に命中した。僻んでやったわけでは決してない。避けようとしたのか、彼女がいきなり体勢を起こしたのが悪いのだ。ふんっ!
一応静電気が痛かったらしく、女魔術師は少し後ろへ下がった。こうやってトーマが来るまで押し留めるしかない。
私がピコハンを再び構えると、警戒するように低く唸りながら後退していく。しかしいつでも飛びかかれるような臨戦体勢は崩さない。
女魔術師はビルの隙間の半ばまで下がると、そこに設置された大きなごみ箱に気づき、素早く入って蓋を閉めた。
「え……そこ臭くない?」
今朝早くにごみの回収はされているはずだから、中はほぼ空だろうが、グラマラスな姉ちゃんが隠れるに相応しい場所ではない。
「これで捕獲成功ってことかな……」
なかなか出て来る気配も無く、あまりに呆気なさ過ぎてこめかみをポリポリやった瞬間、いきなり蓋が開いた。




