期待の男(2)
話し終った女魔術師は、妖艶に微笑みながら魔水晶を手渡す。胸元が嫌味なくらいたわわだ。ハンターはそっちには目もくれず、魔水晶を嬉しそうに眺めた。
その瞬間、私は違和感を感じた。カラーがないのだ。
魔水晶はこめられた魔術の種類によって、それぞれ特有のカラーを持ち、淡く色付く。火系なら赤、水系なら青、地系は黄、風系は緑、治癒系は白、という具合だ。しかし女魔術師の手から離れたそれは、無色透明だった。
「そんなら、あれは偽物なんですか?」
マックが顎と肩に埋もれた首を小さく傾げた。いつか彼の顎を下からたぷたぷしてみたい。
「偽物というより、魔術をこめる前の状態ね。そんなもの、ハンターが持ってても仕方ないんだけど……」
「カラーについてはボクでも知ってるくらいなのに」
「そうね、ドット。あなたみたいに魔術師を目指したことがあるとか、魔水晶を使う程の狩りをするハンターなら分かるはずよ。でも彼は持ってる武器も基礎的なものだし……」
「初心者を狙った詐欺ってことですか?」
ハンターが本当に魔術のこもっていないただの水晶を買おうとしているのでなければ、その可能性は高い。
そうこうしているうちに、ハンターは女魔術師にお金を払ってしまった。彼女が数えるお札の枚数から、3万ギドルはありそうだ。一生懸命コツコツ貯めたのか、お札はしわが目立つ。この額ははっきり言って、魔術がこもっている物の相場だ。初心者が下手に上級向けのアイテムに手を出すもんじゃないなぁ。
「捕まえますか?」
「いえ、ハンターが詐欺に遭ったと被害届けを出さないと難しいわ。基本的に個人間のやり取りは、当人同士でトラブルを解決しなくちゃいけないの。あのハンターの場合は私達が目撃してるから、届けてくれさえすればすぐ動けるんだけど」
「そんなぁ、未然に防ぐ事は出来ないんですか」
「この場でハンターが気付けば、出来るわよ」
意味深に言ったら、ドットは一瞬目を瞬かせた後、ハッと見開いてマックにひそひそと何かを言った。
細い路地からハンターが出ようとした時、マックがそこへフラフラと近づき、思い切りぶつかった。
「ああっ!」
ハンターが焦った声が響く。魔水晶は彼の手から零れ落ち、地面に叩きつけられた。それが砕けた瞬間、ハンターは顔を引きつらせ、頭を抱えて地に伏せる。
シン……として、当然だが何も起こらない。
「ごめんよぉ、オイラが愚図だから割っちまった。弁償するんだぁ」
不思議そうに辺りを見回すハンターにマックが話しかけた。
「魔術がこもってなくて良かったんだ。これなら払える。300ギドルくらいが相場だんべなぁ?」
「え? 魔術がこもってない?」
大金をはたいて買った物がただの水晶だとようやく気付いたハンターは、後ろを振り返って睨み付けた。
「おい! 砕けたらでっかい竜巻が炸裂するって言ったじゃないか!」
どうやらハンターは風系の魔水晶を買おうとしていたようだ。嘘がバレた女魔術師は、くるりと身を翻して路地の奥へ走り出した。
「被害届け出しますか!?」
すかさずハンターのもとへ駆けつけたドットが問う。
「ええ?」
「被害届けです! 出すなら今から追いかけます!」
「だ、出す出す! 捕まえてくんなきゃ、あの女がどこの誰だか知らないし……」
ハンターが言い終わらないうちに、ドットは女魔術師を追いかけた。
おお、なかなか速い。やっと逃げ足の速さを追いかける方へ活かす気になってくれたか。マックも遅れてゆっさゆっさ走る。
突然、女魔術師は何かに躓いて転倒した。その隙にドットが追いついて飛び掛かる。しかし小柄なドットは軽い為に振り払われそうになった。
「抵抗するな! 女だって容赦しないぞ! ボクは女の本性を嫌と言うほど知ってるからなっ!」
マリアンヌに聞かれたらまた拳骨を食らいそうなセリフだ。
「ぬぉおおお! 悪あがきはいけないんだぁ!」
そこへマックが加勢した。女魔術師は彼に取り押さえられると観念したように抵抗を止めた。
「あのー、順番が逆になったけど、今の内にこれ書いてくださいね」
私はハンターに被害届けの書類を渡した。
「あ、はい。ええと。被害内容と詳細……?」
「ええ、あなたの場合は詐欺だから、何をいくらで買ったのに、実はどんなもので騙されたと思ったのか、って感じで」
「でも正直魔水晶は噂で聞いて買いたくなったくらいだから、詳細とかよく分からないんですけど」
「今回は私達が現場を見てたから、見た通り話した通りを書いてくれれば大丈夫。日付とサインだけは忘れないでください」
こんな初心者君丸出しだと、魔水晶について一から十まで説明したくなる衝動に駆られる。唸りながら一生懸命書類を書く姿を見てそう思ったが、ハンターはハンター協会で色々教えてもらえるだろうからやめておく。管轄外に手出しをするのは良くない。
「……書けました」
「どうも。じゃ、払ったお金は犯人から回収した後、証拠として一旦取締隊が預かるけど、明日には返ってくるはずだから……」
その時、ドットとマックの声がした。




