正反対の男(2)
玄関に入った瞬間、モワッと襲い掛かるアロマの香り。誰か焚いているな。犯人は最近オーガニックの化粧品に目覚めたホミーだろう。
廊下を歩いてすぐの所にある大部屋の扉を開けるとそこは……
「あ、ミア姐、おかえりー」
一番手前に座っていた、最年少のユーリが手を振った。フリフリのベビードールを着て。
大部屋の中は、見渡す限りパステルカラーとレースの海だ。こないだ行われた部隊別会議と言う名のお茶会で、今月のテーマは【ぶりぶり下着】と決まり、うちの女性隊員達が全員下着姿で自由時間を過ごしているが故の現象なのだ。
「ちょっとミア姐さんからも注意してよ! この胸焼けしそうな臭い!」
奥から走って来たのは、女性隊員の中で一番気の強い女番長肌の、マリアンヌだ。彼女の揺れる白い谷間が何とも羨ましい限りである。
「臭いとは失礼ね。香りって言ってよ」
やはりと言うか、犯人だったホミーが反論する。
「ほのかに漂うのが香りって言うのよ。これはやり過ぎだと思う」
鼻を摘んでマリアンヌに同調したのはダリア。淡々と正論を述べる子なのだ。
どうやらアロマで一部の子達が剣呑な雰囲気になりつつあったようだ。他の子はそれぞれ知らん振りで髪をいじったり、ソファに寝そべったり、本を読んだり、好き勝手に過ごしている。ただ、下着姿ではあるが。そんな気ままな彼女達は、まるで猫のようだ。可愛くて仕方が無い。
うちの部隊は女性が多い。というか、女性隊員がいるのはここだけだ。
私の実績が認められ、隊長に昇格するまでは、第10部隊までしかなかった。故に第11部隊とは、私のために作られたと言っても過言ではない。そして私の部隊には、新たな女性隊員が次々と入り、大部分が女性で構成される形となってしまった。
部下には自分のような苦労をして欲しくないと、優しく指導していたら、彼女達も私を慕ってくれた。グルドー司令官は甘やかし過ぎだと言うが、皆やる時はきっちりやるのだ。だから宿舎内の自由時間でどんな格好をしようが、形式的で行う意義のあまり無い部隊別会議がお茶会に変貌しようが、そのくらいは見逃してあげてもいいと思っている。後で私がどうとでも誤魔化せるのだし。
自分に厳しく部下に甘く。他の隊長たちには呆れられているが、別に構わない。上官の私がしっかりしていれば、その背中を見て部下は自ら学んでくれるはず。
「はいはい、皆静かにして。今から中途採用の新人を紹介しなくちゃならないの」
私がそう言うと、皆一斉にこちらを向いた。うん、ちゃんと教育が行き届いている。これのどこが甘やかし過ぎなんだ、司令官。
「女? 男?」
好奇心旺盛なユーリが聞いてきた。
「今回は男よ。だからホミー、少し焚くのを弱めて。男にアロマが苦手な人は多いって聞くし」
「……ミア姐さんが言うなら……」
「それみなさい」
「マリアンヌ、それ以上言わないの」
「はーい」
ホミーは渋々蝋燭の数を減らし、それに満足したマリアンヌは一番奥にある、彼女の特等席に戻った。
「それからその格好のままでいいの? 向こうはびっくりするだろうけど……」
今から男性の新人を紹介するというのに、皆一向に着替える素振りを見せないものだから、心配になって尋ねた。
「えー、そんなこと言ったって、テーマはコレって決まってるし、新人ごとき、しかも男に何で気を使わなくちゃならないの?」
マリアンヌが眉をひそめて言うと、他の子達も「そうよそうよ」「見られて減るもんじゃないし」と頷いた。
数が集まると強い女の性質。部隊内に少数ながらいる男性隊員の存在感など、無いに等しい。 トーマも例に漏れず、同じ扱いを受けそうだ。
「私達の方が立場が上ってことを分からせるためにも、びっくりさせる方が良いんじゃない?」
止めにダリアの一押しで、着替えてあげない、ということになった。