謝れない男(5)
熱は一晩寝たらあっさり下がった。鼻水も咳も無い。本当に知恵熱だったと言うことだ。
昨日トーマに担がれて部屋に戻る際の、皆の視線が痛い痛い。まるで説教食らいに連れて行かれる子供のようだった。あれで余計に頭へ血が上ったようなものだ。
そういえば午後3時くらいは一番熱がぶり返し易いって、祖母ちゃんが言ってたっけ。丁度それくらいの時間にトーマが紛らわしいことして興奮させるから熱が上がったんだ。
今後トーマが不用意に近付いてきても、絶対動揺しないぞ。隊長たる者、キスだ何だと乙女チックに興奮するなどあってはならないのだ!
朝っぱらから意気込んだ私のもとへ、猫耳が届いたという知らせが来た。もう少し時間がかかるかと思っていたが、元職人の口利きで注文すると早いものなのか。
猫化した可愛い部下達の姿を見ようと、私はいそいそと大部屋へ向かい、扉を開けた。
「あ、ミア姐。元気になったんだ」
手前側でいつものように迎えてくれたのはユーリだ。彼女は白いTシャツとジーンズの短パン姿で、頭にはピンクの猫耳カチューシャ、腰には尻尾の付いたベルト、そして手にはまん丸な肉球手袋をしていた。
「ね、これどうかなぁ」
肉球で頬っぺたをパフパフとしながら問うユーリに口元が緩んでしまう。きっと彼女のファンが見たら卒倒ものだろう。他の部隊の男性隊員になんぞ絶対に見せてやらないが。
中を見渡すと、そこらじゅうにいるわいるわ、黒と白とピンクと斑の猫ちゃん。
ああ可愛い、可愛いよ。彼女達を猫ちゃんと称した私と修理工のレットンさんの目に狂いは無かった。肉球手袋がまた良い仕事をしている。こればかりはトーマのセンスを褒めてやろう。
「可愛いじゃない。皆よく似合ってるわ」
褒めたところで背後に気配を感じた。
「短パンか……同じ足を出すならミニスカートにしろよ」
不満げな声の主はトーマだ。振り返って見ると、彼の後ろにドットとマックもいる。完全に子分となったようだ。
「ミニなら今日はマリアンヌが穿いてるよ」
ユーリがそう教えた。
奥の特等席にはスラリとした足を組んで座るマリアンヌがいる。
「あれはマイクロミニじゃないか」
「うん、トーマっちの好きなミニでしょ?」
どうやらトーマはユーリから"トーマっち"と呼ばれているらしい。ふてぶてしい顔に全く似合わないあだ名だ。軽く噴き出しそうになると、きっちり彼に気付かれて睨まれた。
「俺は下着の極意はチラリズムと言ったはずだ。マイクロなんぞ、腹巻をケツに巻いてるようなもんだろ。ある程度の長さがあるミニスカートが良いんだ。中がチラリと見えそうで見えない、この絶妙な加減がだなぁ……」
トーマがユーリに向かって熱く語る間に、マリアンヌは眉をひそめながらこちらへやって来た。知ぃらないぞ、と私はトーマから離れる。
「部屋の中で私がどんな丈のスカート穿こうが、あなたには関係ないでしょ」
マリアンヌの声にドスがこもる。
「ああ? そんなあから様な色気を振り撒いたところで、なびくのは変な親父だけだと忠告してるんだ」
「女が皆、常に男を誘惑するのが目的で服を選ぶとでも思ってんの? どんな幻想よ。女同士で自分の好きな格好してるだけなんだから、嫌ならわざわざ見に来ないで。忠告なんて何様よ?」
「俺様だ。大体、部屋の中だけで悶々と自己満足に浸って何が楽しい……」
トーマが言い終わらない内に、彼の顔面へマリアンヌの肉球が炸裂した。
ポフン……
鉄拳の衝撃は、肉球に詰められた綿によって、衝撃が著しく抑えられてしまったようだ。
「フハハハハッ! 効かん! 効かんぞマリアンヌ! 俺が可愛いという理由で肉球手袋を発注したとでも思っていたのか!? 笑止!!」
トーマは唖然と肉球を見詰めるマリアンヌを指差し、胸を張って高らかに笑った。まるでチープな悪の親玉だ。
「トーマさん! この為に敢えて猫派に協力するフリをしていたんですね!?」
「流石です! オイラじゃ考えもつかんねぇかったんです!」
ドットとマックが囃し立てる。
トーマが勝手にデザインしたアイテムは、マリアンヌ達に殴られても痛くないようにするのが本来の使用目的だったのだ。馬鹿としか言いようが無い。一緒に発注しに行ったホミーも呆れ顔だ。だって……
「……調子に乗るなっ!」
マリアンヌはさっと手袋を外すと、今度はトーマの頬へ拳骨を直に放った。
うん、こうなると思った。肉球手袋は、外せばいいのだ。一度着けたら取れないような呪いのアイテムではない。普通の可愛いポフポフ手袋なのだから。
囃し立てたドットとマックも同様にマリアンヌから一発ずつ食らって、3人仲良く大部屋の外へ放り出されたのだった。
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