謝れない男(3)
トーマはすぐに見つかった。いつもの屋根に登っていたからだ。ただ今日はメインストリートを睨んでいるのではなく、どこかぼんやりしていた。
あんな顔も出来るんだな。眉間が緩んでいると、どこか頼り無さげで消えてしまいそうな錯覚に陥る。何センチメンタルボーイしてんだ、似合わないのに。
私は宿舎に入り、トーマの隣に位置するマックの部屋へ向かった。
先に自室で休んでいた彼にベランダから屋根へ押し上げてもらい、よじ登っていると、顔の前にトーマの足がやって来た。惜しい、後ろから驚かせてやろうと思ったのに。
心の中で舌打ちをしていると、腋がぐいっと引っ張られ、体が浮き上がった。トーマが私を引き上げたのだ。
「熱出たんでしょ? 大人しく寝といてくださいよ……」
目の前でため息混じりに呟いたトーマは、いつものふてぶてしい表情をしていた。
「怒り過ぎて頭がショートしたそうですね」
トーマは私が隣に座ると、遠くを見たままそんなことを言いやがった。もうちょっと普通の言い方ができないものか。
「失礼ね。ショートだなんて、人を機械みたいに。私は家電やロボットじゃないのよ」
「……え? あ、ああそうでしたね……」
わざとらしい嫌味かと思ったら、トーマはハッと気付いたようにこちらを見た。
おい、ここでまさかの天然か。否わざとだ、わざとに決まってる!
「ボケたふりしても無駄よ。本当にいつも一言多いんだから」
少し膨れてみせると、トーマは膝に顔を突っ伏した。
「今日はマリアンヌ達に囲まれませんでした」
「そう、良かったじゃない」
「否、逆に怖いですよ。あのマリアンヌが、まだミニスカートにしないのかって言った軽口を綺麗に無視して、謝って来なきゃ刺すってボソッと言って去るのは」
「え? それ本当?」
確かマリアンヌは朝一番で見舞いに来た。でも特に熱の原因を話したりはしなかったけれど……
「泣く程俺が嫌いなら、顔も見たくないだろうって思ってました」
ホミーが喧嘩のこと猫ちゃん達に喋ったのかな。しかも目元隠してたのにしっかり泣きかけだったのバレてるし。
しかし自嘲的なことを言うトーマはやりにくいなぁ。
「カシェリーさん、あの……」
トーマはそのまま口ごもった。ちょっと顔を上げてはため息をついてまた伏せる。謝らないと刺されるらしいのに、躊躇うばかりで一向に謝らない。
それはきっとプライドが邪魔するとか、天邪鬼とか、そんな子供じみた理由じゃない。
2世隊長が私のことを"隊長として当然の詰問をした"と言ったように、トーマはトーマで自分が悪いこと言ったとは思っていない。歯に物着せぬ言い方だが、自分を疑う人間に対する牽制だったのだろう。
横でまだもごもご言ってるトーマを見て、何となくそう感じた。それと同時に、ここでどちらかが謝ってしまったら、こんな気まずさがずっと後引くような気がした。
「謝らないでいいわ」
そう言ったら、トーマがやっと私の方を向く。
「……何で……」
「トーマは今、謝ることが不本意だと思っているのよね?」
「……」
トーマは答えなかったが、代わりに常時薄目の瞼を少し大きく開いた。
「私はそれを上官だからとか、そういうので押さえつけたくないの。あなたは私と全く違う質だし、これからもぶつかることはあるだろうけれど、それで良いと思う」
「……カシェリーさんって、アレですね。まだ23なのに婆く……母親的な包容力を持ってるんですね」
こいつは……! 人が折角良い話をして、穏便に事を収めようとしてるというのに。今婆臭いと言おうとしたな? それに母親的な包容力っつっても、4歳も上の男に言われたら考え方が老けているとしか聞こえんのだが。よぉし、それならこっちも遠慮はしないぞ。
「俺の移動ってどうなるんですか?」
「知ってたの?」
「第2部隊の隊長さんから、追い出されても自分の所に来れば良いって」
「トーマは行きたいの?」
「……分かりません。向こうの雰囲気とか、全く知らないんで」
ザベディアンめ、もう本人を勧誘してたのか。油断も隙もない。
「そう……でも、逃がさないわよ」
「へ?」
「逃・が・さ・な・い・わ・よ」
二回言っておいた。
呆けたトーマの顔はいつもより幼く見える。可愛いくはないが。
「その言い方、何か悪寒がするんスけど……」
「何とでも言いなさい。うちの部隊には落第がない代わりに、卒業も移籍も飛び級もないから」
もしトーマがどうしても移動したいと懇願するなら、無理に止めることはできない。でも今の私と彼の信頼関係じゃ、これくらい言っておかないと、簡単にその決断を下されてしまい兼ねない。
嫌そうな顔をされるかと思ったら、意外にもトーマは可笑しそうに笑いだした。




