謝れない男(2)
「ザベディアンさんはトーマ君の要領の良さを、いたく気に入ったようでね。カシェリー君が彼とやっていけないと思うなら、第2部隊で助手にしてもいいって言ってたよ」
引きこもりの助手か……トーマが部屋の中で大人しくしてるとは思えないが。
第2部隊というのがまた微妙な線だ。ザベディアンと同じとまではいかないが、あそこの隊員は皆若干オタク系だ。毎日好きなことを研究している。
うちの部隊のユーリは、他の部隊の男性隊員達にアイドル的な存在として人気なのだが、この前彼女のフィギュアを第2部隊の一人が作ったらしい。精巧過ぎて評判が広まり、商人が店に並べたいと買い付けに来たくらいだ。もちろん男性隊員達も、我も我もと作製依頼に押し掛け、一時第2部隊が大変なことになったのは記憶に新しい。その一方で、本性を知るうちの男性隊員は全く食いつかなかったとか、ユーリがちゃっかり肖像権料を請求していたとかいうのはまた別の話。
……そうか、だから要領が良くてオタクでない助手がほしいのか。トーマも変なところでこだわる奴なんだけどなぁ。
「あれ? もしかして、トーマ君のこと気に入ってた?」
「は?」
「だって、移動の話をしたら急に考え込んじゃったからさ。嫌よ嫌よも好きのうち的な……」
「ちがっ、そんなんじゃないわよ!」
片想いに恋敵が現れた悩める乙女みたいな言い方をしないで欲しい。
でも、気に入る入らないの前に、確かに仕事をする上での能力は高いんだよなぁ。犯人追跡も強引だけど確実だし、黒い物体捕獲も要領良かったらしいし、うちの部隊で唯一猫ちゃん達に意見出来て、気弱だった男性隊員達もまとまってきている。それに何だかんだ言ってトーマは猫ちゃん達と喧嘩になってどんなに殴られても、絶対女に手を挙げないのだ。
あのふてぶてしい態度と正体不明の怪しさに目を瞑れば、それほど悪い人間ではないんじゃないか?
その時、急にドアが大きな音を立てて開いた。
「カ、カシェリー隊長! 移動は反対です!」
雪崩れ込んで来たのは、うちの部隊の男性隊員達だった。
「何? 突然……」
「トーマさんを移動させないで下さい!」
先頭に立ってそう言ったのは、男性隊員で一番小柄なドットだ。躓いて転けそうになったのを、取締隊ナンバーワンの横幅を誇るマックが摘まみ上げて助けた。因みに二人は親友だ。
「聞いてたの?」
「はい! 盗み聞……いや立ち聞きしてしまいました!」
どっちも変わらんが……まぁ、そんなボケたところがうちの男性隊員の可愛いところではある。
「お願いです! トーマさんは第11部隊男性隊員にとって勇者なんです! ね? ユハ隊長なら分かってくれますよね! ボクらの切実な思いを!」
ドットは"勇者"のところで吹き出したユハをきっちり巻き込んだ。
「ど、どういうことだい……?」
「だって、ユハ隊長みたいな眼鏡男子は、もしうちの部隊にいたら絶対オイラ達と同じ扱いを受けていたに決まってんです!」
ユハの問いに答えたのはマックだった。彼はちょっぴり訛っているのだ。
あ、ユハの眼鏡がずれた。確かにユハは面倒事が嫌いで現実逃避癖があり、たまに頼りないが、仮にも隊長に向かって何とも失礼な物言いである。それだけドット達は必死なのだろうが。
「カシェリー隊長! トーマさんは……」
私は興奮気味に部屋の中まで入ってきたドットをまあまあと制した。
「大丈夫よ。私にとってトーマは熱出すほどムカつくけど、嫌ってるわけじゃないから。一度預かった隊員を、ちょっとぶつかったくらいで放り出したりなんてしないわ」
第11部隊には、男女問わず何故か個性的だったり、鈍臭かったり、他の部隊にはいないタイプの人間が配属されてくる。多分というか絶対、グルドー司令官はうちを精鋭部隊にする気はないのだろう。だから私は隊員を見放さないと決めている。女だてらにのし上がった隊長としての意地だ。
「分かった。ザベディアンさんにもそう言っておくよ」
ユハは苦笑した。
「薬が効いて熱も落ち着いてきたし、今からトーマと仲直りして来る」
「ええ? 上官から仲直りに行くのかい?」
早速ベッドから下りようとした私に驚いたユハは、目を丸くした。
「ええ、これが私のやり方だから」
この時、不思議と頭突きをお見舞いしたトーマに会うのが気まずいとは思わなかった。




