謝れない男(1)
本部に着くまでどうにか怒りを堪えようと奥歯を噛んでいたが、何とも言えない情けなさが込み上げ、目頭が熱くなった。
皆の姉御ぶって隊長風吹かせても、トーマの方が一枚上手なのだ。今日も体よく追っ払われた感が否めない。
でも"私なりに頑張っている"じゃ駄目なのだ。隊長たるもの結果が伴わなければ、努力の痕跡など塵に等しい。
駐車場にパトロールカーを入れ、目が少し充血していることをホミーに知られないよう、若干俯き加減で別れた後、私は自室に直行した。
枕を持ち上げてベッドに叩きつけた。それから殴った。何度も何度も。気分が晴れるどころか、逆に涙が出てきた。何て見っとも無い涙だ。枕に突っ伏して涙を拭いた。ついでにそのまま力の限り叫んだ。ほとんど悲鳴だ。ザベディアンの発狂云々なんて、人のこと言えたものか。
トーマに怒ってるけど、トーマが悪いんじゃない。肝心なことを何も言わないのはムカつくけど、結局彼にとって私はその程度の上官だというだけ……
情けなや
情けなや
悶々とし続けて、いつの間にか眠り込んでいて、朝起きたら動けなかった。
どうやら色々考え過ぎて知恵熱的なものが出たようだ。今まで風邪一つ引いたこともない丈夫な体だったのに。本当にトーマが来てから調子が狂ってばっかりだ。
今朝から女性隊員が入れ替わり立ち替わり見舞いに訪れている。ただの知恵熱にありがたいことだ。持つべきものは可愛い猫ちゃん。
そうして昼過ぎになると、何と2世隊長が部屋に来た。びっくりだ。無気力親父に見舞われる日が来ようとは。
「部下に反抗されて寝込むとは、カシェリーもなかなかか弱い部分があったのだな」
「そういう言い方はやめてください」
見舞いに来てもデリカシーの無さは変わらない。どうせパトロールに出たくないからこっちに来たのだろう。
「これは昨日食ってみて旨かったから買ってきた。食べてみたまえ」
差し出されたのは生クリーム&コーヒーゼリークレープだった。
「熱出してる時にこれはちょっと濃過ぎませんか?」
「まあまあ、そう言わず。カップのコーヒーゼリーの残り汁みたいな味だぞ」
「だからそういう言い方はやめてくださいって。ちっとも美味しそうに聞こえません」
「何故だ? 私はあの残り汁が一番好きなんだぞ」
「あ、そう……」
渋々クレープを一口食べると、本当にミルクの混じった甘ったるい残り汁に似た味だった。でも店長オススメだけあって、けっこうイケた。
「……カシェリーは隊長として当然の詰問をしただけだ。気にすることはない」
突然2世隊長が言った。
「もしかして、慰めてるんですか?」
驚いて二度見してしまった。無気力親父に気遣いという芸当が出来たなんて。
「ふん、部下に反抗される気持ちは私が一番分かっているつもりだ」
「胸張って言うことですか……」
「トーマの態度はあまりにも上官を馬鹿にしたものだったからな。お前にはコロッケで仲間を助けるという高度な技など出来んだろうと言っておいた」
そういうフォローのされ方をすると、余計に情けなく感じるんだけどなぁ。でも彼に悪気は無いので、一応お礼を言って帰ってもらった。
それとほとんど入れ替わるようにして来たのは、ユハだった。彼はノックをして少しだけドアを開けた後、部屋の左右を慎重に見回した。
「大丈夫よ。猫ちゃん達はいないわ」
もう軽く女性不信ななっているんじゃないだろうか。まだ25だというのに不憫な男だ。
ユハはホウッと安堵の息を吐くと、きっちりドアを閉めて入ってきた。
「前々から思っていたけど、その猫ちゃんという表現は相応しくないよ」
「トーマと同じ事言うのね」
「そうかい? ってかそのトーマ君の事なんだけどね」
そうしてユハが話し始めたのは、昨日のことだった。
ユハはパトロール中に偶然トーマ達と出くわし、黒い物体捕獲の件を聞き、合流することにしたそうだ。道中2世隊長から私とトーマの喧嘩の内容を聞いたユハは、その日注意深く彼の言動を見ていた。
捕獲に慣れているからか、トーマは木の棒等を使って黒い物体を巧みに1箇所へ集め、巨大ネットをバズーカから噴射し、一気に何匹も捕まえていた。彼の手際と要領の良さに、マルセイは呆気に取られ、ザベディアンは興味深そうに眺めていたという。結果、捕獲数はトーマが断トツでトップだったらしい。
「特に捕獲中、怪しい行動は無かったと思う。でもああいうタイプは、カシェリー君にはちょっと辛いかもしれないね」
ユハの言う通り、確かに辛い、というか疲れる。自分のペースを掻き乱されるのだ。
「それは……私がまだまだ不甲斐ないからだし」
「トーマ君が第11部隊に振り分けられたのは、一番自由に泳がせられそうだったかららしいよ。君が部下に甘いのを利用してね。だけど、君の真面目過ぎる性分を失念していたって、さっき司令官がぼやいていた。体調を崩したのもそのせいだろうって」
「もう、また司令官ってばいつも甘い甘いって……でも次からトーマは厳しめにいこうかと思ってるんだけど」
部下の自主性尊重と甘やかしは紙一重なのだ、とこないだ司令官に主張したら、完全なる甘やかしだと返されたなぁ、そういえば。
不満に膨れる私を見たユハは、可笑しそうにカラカラと笑った。
「司令官の思惑があるから、今まで通りで良いと思うけどね。でも、手に負えないようなら、第2部隊に移動させることも出来る」
「移動?」
それは、トーマとどう向き合うべきなのか悶々としていた私には、寝耳に水の話だった。




