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こだわる男(7)

 パトロールカーを運転していたのは猫耳の発注に行ったトーマだった。後部座席に乗っていたホミーもウインドウを開けて顔を出す。

「あ、マルセイ隊長、こんにちわぁ」

「やあ、ホミー嬢。今日もお洒落だね。その髪留め、新作だろう?」

「えー、気付いてくれたんですかぁ?」

 ホミーとマルセイがキャッキャやっているのを尻目に、トーマは車から降りて来た。そして物体を轢いたタイヤを確認する。

「捕獲は慎重に行ってください。タイヤだからまだ良かったものの、エンジン部分に憑依されてたら、車が暴走し兼ねない」

「そうなのか? ではこのコロッケはどうなるんだ」

「コロッケに憑依させたんですか……一応動かないものなんで、襲ってくることはないとは思いますが……」

ザベディアンとトーマのやり取りを聞いているうちに、私は更に腹が立ってきた。

 「生き物に憑依したのはつい昨日の話なのに、随分と詳しいのね」

ムカつきを押さえ込んでいる分、多少声にドスが効くのは仕方ない。

「何が言いたいんですか」

トーマも低い声で言う。

「私に何も言わず、こそこそ一人で……それにどんなものに憑依してどんな影響があるのか、司令官にも詳しく言ってないでしょう? エンジンがどうとか、何も聞いてないもの。お蔭で私達は、手探りで任務を遂行しなくちゃならなかったのよ」

「任務?」

「あなたが捕獲していた黒い物体、今急激に数が増えているそうよ。だから私達にまで話が来たの」

「何だって……?」

数に関しては、トーマは知らなかったようで、彼は顎に指を当て、タイヤを睨みながら押し黙った。

 「どうして知っていることを全て報告しないの? いえ、その前にトーマ、あなたは誰? 一体何者?」

私がそこまで聞くと、トーマは顎から手を下ろし、スッと表情を消した。

「何者だって? 俺は俺さ。クリス・トウマだって本名だ。俺からしたら、偽名使ってる他の奴らの方が何者だって感じだけどな」

「偽名? それ、誰の話よ」

「俺が黒い奴の全てを報告してないのはな、信用されてないのが分かるからだ」

私の疑問は無視し、トーマは低く低く続けた。顔から普段のふてぶてしさすら消えると、本当にあの犬派猫派で揉めていたトーマなのか、分からなくなってくる。

「司令官だけじゃない。カシェリーさんだってそうだろう? だがそれでも構わないさ。俺は俺の考えで捕獲を続ける。取締隊に入ったのは、第2部隊の機械で弱点を調べて欲しかったからだ。じゃなきゃこんな面倒臭い組織に入るかよ」

「あなたが取締隊に入るもっと前から、黒い物体は存在していたと言うの?」

「そうだ。増えてんなら早く捕獲しなくちゃならない」

 そしてトーマは私から視線を外し、マルセイとの会話を中断して車の中から心配そうにこちらを見ているホミーの方を向いた。

「おい、カシェリーさんと先に戻ってろ」

「何で新人に命令されなくちゃなんないのよ」

偉そうに言われたホミーは、顔をしかめたが、トーマは構わず私の手首を掴んで引っ張り、運転席に押し込んだ。

「ちょっと、私はまだ捕獲するのよ!」

抗議すると、トーマは顔をぐっと近づけて来た。

「女は詮索好きだから、邪魔だ」

拳二つ分くらいの距離で言われ、トーマの息が吹きかかる。怒りが頂点に達した私は、何も考えずに頭を思い切り前に振った。

 ゴヂン!

「い……てぇ!」

「お望み通り帰るわ。男同士、仲良くね」

それだけ言い捨てると、トーマがっている間に運転席のドアを閉め、アクセルを踏んだ。

 色々ぶちまけたい気分だったが、隊長が部下に煽られて騒ぐのも見っとも無いからやめておく。

「ミア姐さん、今の頭突き、マリアンヌより凄かった!」

「そう? ありがとう」

ホミーは何故か興奮気味だ。だが少しした所で、急に真面目な顔になった。

「姐さんが怪しむのも無理は無いわ。トーマの知ってる加工場に行ったらね、何だか様子が変だったんだぁ」

「嫌がられてたの? あの性格じゃ有り得そう」

「うーん、そんなんじゃなくて……普通元職場だったらさ、"久しぶり~"ってなるじゃない? 若い職人さん達はそうだったんだけど、棟梁だけトーマのこと、初めてのお客さんみたいに接してたの」

 「棟梁が替わったとかじゃなくて?」

職人を束ねる最も熟練した加工場の棟梁が、全く現場を知らない人間と替わるなんて聞いたことがないが、一応聞いてみる。

「ううん、若い人は"何で忘れてんだろう、ボケる年でもないのに"って不思議がってたわ。それに猫耳なんて発注、職人さんも初めで戸惑ってたら、トーマがどこどこに保管してる材料出せって勝手に言いまくってた。だから確かにあの加工場にいたはずなんだろうけど……棟梁だけ何でこんなに中のこと詳しいんだ?って顔してて、チョー微妙な空気流れて居心地悪いったらありゃしない。まあ、猫耳と尻尾の他に面白いものも発注してくれたから許すけどさ」

「面白いもの?」

「そう。肉球手袋よ。トーマが職人さんに渡したデザイン画見たけど、可愛かったわ。猫にするならそれを必ず着けろって」

 また変なこだわりが出たのだろうか。もうあいつは人知の域を超えているんだ。そうだ、そういうことにしておこう。じゃなきゃ頭がパンクしそうで、無事にパトロールカーを本部まで運転できる気がしない!

 


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