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こだわる男(6)

 野次馬はどんどん増え、人垣となって私達とコロッケを囲んだ。

 ザベディアンが爪先をコツコツ鳴らし始める。苛々している証拠だ。彼は几帳面で神経質なのだ。

 そこへ野次馬の数人が、コロッケを近くで覗こうと近付いた。止めようかと思ったが、このまま取り囲まれているのも面倒なので黙っておく。

「ぬぁああ! 鬱陶しい! 俺の気が散る前に貴様らがちりとなり散れぇぃ!」

やっぱりザベディアンは大きく腕を振り回しながら叫んだ。彼は神経質な性格上、時々発狂する。たまに私達仲間も引くくらい。

 ぬぼっと背の高いガリガリの男がいきなり暴れだしたものだから、一般市民の野次馬は私達以上にどん引きし、蜘蛛の子のように散った。目の前の商店で店長らしきおじさんが涙目になっているのはご愛嬌。お詫びに後でオススメ商品と書いてあるクレープを2世隊長に買わせよう。

 周りが静かになると、ザベディアンは白衣のポケットからピンセットとビニール袋を出し、慎重にコロッケを入れた。

「ねえ、動物は凶暴化したらしいけど、コロッケの場合はどうなるの?」

「ふむ、襲ってくることは無さそうだ」

何だ、少し期待したのに。でも実際にコロッケが口をクワッと開けて飛び掛かって来たらホラーか。

「ん? 2世隊長がかじった所の中身が紫色になっているが……」

ビニール越しにコロッケをしげしげと眺めていたザベディアンが眉をひそめた。

「ま、まさか毒物に変化したと言うの!?」

となるとヤバイぞ。もし商店の外に陳列されている食べ物に黒い物体が憑依して、知らずに誰かが買って食べたら……

「いや、それは元からそういう色だ」

「へ?」

今まで黙っていた2世隊長が言った。

「紫芋のコロッケを買ったからな。ほら、今旬だろう?」

何とも間の抜けた展開に、張り詰めていた空気が一瞬で白けた。






 一応コロッケは回収し、私、ザベディアン、マルセイは更なる物体捕獲に乗り出した。2世隊長は、先程の涙目店長のオススメ、生クリーム&コーヒーゼリークレープを頬張りつつ、私達の後を付いてきている。ただでさえ無様なビール腹だというのにこのメタボ親父、と思ったが、途中で帰るとか言わないだけ、まだ今日はマシな方である。

 幸いコロッケは最初から紫仕様だったが、まだ油断はできない。人は憑依されていないと聞いていたにも関わらず、さっきマルセイは思い切り襲われかけていたし。報告が上がってないだけで、憑依されて凶暴化した人間がいるかもしれない。

 しばらくレンガで舗装された歩道の路面を睨みつつ歩いていると、今度はビルとビルの間に置かれたゴミ箱の影が盛り上がっているのを見つけた。今度はマルセイもレディファーストはせず、さっと私の前に出た。

「どうやって地面から剥がすの? 悠長にスコップでとか言ってたら、またさっきみたいに襲ってくるかもしれないわ」

「そうだね、迂闊に近寄れない。ここは彼女に剥がし取ってもらうよ」

マルセイはそう言って、腰に装着していた鞭を外した。

「頼むよ、ロザリーヌ!」

高らかな声と共に繰り出される鞭。

 マルセイは鞭の達人なのだ。愛用のそれは、先端にバラのモチーフが付いている。特に意味は無い。彼は鞭にロザリーヌという名前をつけ、頭の中でほぼ擬人化させて"彼女"とか呼んでいる。時々独りで鞭に話しかける姿を見かけると鳥肌が立つ。

 ザシュッと鞭、ロザリーヌが路面を擦り、黒い物体を剥がし飛ばす。

「あ、逃げた!」

地面に落ちた黒い物体は、伸縮を繰り返して移動を始めた。

「ふ、僕のロザリーヌから逃れられると思うなよ!」

すかさずマルセイが物体目掛けてロザリーヌを振り下ろす。

 ブァチュッ……

「……ちょっとぉ! 二匹になったじゃない! 増やしてどうすんのよ!」

「そ、そんなこと言われてもだねぇ……」

黒い物体は丁度真っ二つに割れ、その勢いのまま車道へ飛び出した。そこは昼間のメインストリートだから、普通に車の往来が多い。耳が痛くなる程のクラクションが鳴り響く……!

 そして物体はかれた。急停車した車のタイヤの下敷きになり、少しの間蠢うごめいていたが、やがて霧散した。

「何やってんですか、カシェリーさん」

今は聞くだけで腹の立つ声がした。

 黒い物体を二匹とも綺麗に轢いたのは、ピンクのパトロールカーだった。



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