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セントエルモの光

作者: 六畳半

 男は、浜辺の小高い所に立って、夜の海を眺めていた。

 年齢は30を超えたほどだろう。顔に刻まれたいくつかの小さな皺と落ち着いた表情は、男が若くないことを感じさせる。

 風は涼しく、波は穏やかだ。月光が辺りを薄ぼんやりと照らし、星々の瞬きが美しい。

 時折、どこからか海鳥の鳴き声が聞こえた。それ以外は、心地よいさざ波の音だけが響いている。

 男は目を細め、遠くをじっと見つめている。

 ふと、浜辺の砂を踏みしめる足音がした。男は音のする方へ振り向く。

 若い女だ。水色のワンピースから伸びる四肢は細く、肌は月光の下で絹の様になめらかに白く輝く。しかし、不思議と弱々しい雰囲気はしない。

 薄い黒髪が潮風に揺れる。女は、咄嗟に髪を押さえた。男の顔が少し和らいだ。

「まだいたのね」

 女が口を開いた。よく響く、澄んだ声だ。

「ああ、好きだからな」

「この景色が?」

「どうだろう。余韻……かな」

 女は小さく笑った。細くなる瞼の中には黒い瞳が覗く。

「不思議な人ね」

「そうかな」

「でもわかるのよ。その、余韻って。今日は疲れちゃったもの。そういう時ほど静けさって恋しくなるじゃない」

 男は大きく笑った。笑顔のまま深呼吸をして、再び海の方を向いた。

「君も不思議な人だよ」

 嬉しそうな表情で、落ち着いた声で、男は言った。

「どこが!」女は目を見開いて、笑いながら言った。言いながら、腕を伸ばし、男を小突いた。

 男はよろめき、体勢を崩すと、そのまま海に向かって走りだした。

「あっ! 待ってよ!」

 女の声を尻目に男は走る。潮風が気持ち良い。服の袖から入り込む風が、体を包んで清く洗い上げるようだ。これ以上ないくらい爽快な気分だった。

 女も男を追いかけていた。黒髪が大きく揺れる。それも構わずに、男のもとへ走った。

「君は不思議な人だ! 本当に!」

 男は振り向いて大声で言った。静かな浜辺、二人の足音。その中で、男の強い声が響く。

「あなたに言われたくないわ!」

 女も負けじと声を張った。綺麗な声だ。男はそう思った。

 二人は浜辺を走った。笑顔で、踊るように。

 波打ち際に沿って、二人は駆けた。冷えた白波が二人の足を包む。飛び跳ねた水が月光に煌めいた。

 その時、女が突然、ぬかるみに足を取られた。前に倒れそうになった女を支えようと、男が咄嗟に腕を伸ばした。

 男は支えきれず、二人は転がった。女の肩越しに、無数の星々が見えた。

 砂浜に倒れた後、二人は少しの間動かなかった。そして、女が少し吹き出すと、堰を切ったように二人は大声で笑った。

 長い間笑い続けた後、二人は並んで星を見上げた。

「なあ、セントエルモの光を知っているかい?」

「何それ?」

「嵐の夜、港に帰ってきた船のマストに輝く2対の光の事さ」

「ふうん。不思議」

 女は、感心した様に言った。

「それで、その光が何なの?」

「わかった気がしたんだ」

「……? 何が?」

「その光の正体が何なのか、分かった気がしたんだ」

 男は夜空を見つめて答えた。

「何なの? 光の正体は?」

「さあ? 秘密だよ」

 男は飄々と答えた。女は驚いた。

「教えてよ!」

「秘密だ」

 男はいたずらっぽく笑った。女は悔しそうに顔を歪めて、そして、笑った。

 潮風が少し強く吹いた。浜辺を勢い良く駆け上がったその風は、二人を優しく包んだ。

 波は穏やかだ。時折、海鳥の鳴き声が聞こえる。それ以外は、潮騒の音だけが規則正しく浜辺に響く。

 2対の光が、強く輝きを放っていた。


Fin.

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