恋のナビゲーションシステム
「よし、完成したぞ!」
草木も眠る頃と一般的に呼ばれている時、ぼくは半年かけて制作していたアプリをようやく作り上げた。
ぼくには立派なお婿さんになる夢がある、というのは小さい頃のお話で、今はただ彼女がほしいというだけだった。それなのに、生まれてきてから十六年間、一度も恋人ができた事がない。
今まで三回告白したことがあるのだが、それらへの回答はいずれも、
「わたし、チビは好きじゃないのよね〜」
だった。
ぼくは正直、神様を恨んだ。どうしてぼくはこんなに背が低いんだ、と。
ぼくは色々な方法で背を伸ばそうとした。背骨が曲がらないようにいつも姿勢良くし、牛乳は毎日飲んだ。バスケ部にも入ったし、鉄棒にもぶら下った。でも努力の甲斐なく一センチ伸びただけで、バスケの試合も三年間、応援席に座っているだけの存在になってしまった。
ぼくは涙をぬぐい、高校に入って考えを改めた。無理に背を伸ばすのではなく、チビでもオッケーな人を探すのだ。
そうして完成したのが、このケータイ用のアプリだ。これは自分のデータを入れることで、自分の事を好きな人へナビゲートしてくれる。
ぼくは早速、それをケータイに取りこみ、起動した。データはすでに入力してある。
ケータイの画面に、自宅から半径百メートルの範囲の白黒の地図が映し出された。本当は一キロまで広げたかったのだが、ここまでが限界だった。
真ん中で青く光っている点がぼくだ。もし百メートル圏内にぼくを好きな人が来たら、赤い点で表示され、声でその位置を教えてくれる。この圏内には、そんな反応はない。
できれば同年代か少し年上の人がいい。背が高くておっぱいもでかくて、簡単に抱きかかえられちゃって……。
ブンブンとぼくは首を振った。甘えたいのは確かだけど、それじゃちっとも男らしくないじゃないか。う〜ん、でもお姉さんのような子に優しくされたいなあ。頭をなでなでしてほしいし。ぼくの中で二つの勢力が戦っていた。
十分ほど画面を見続けたが、反応は全く出なかった。ぼくは正直ほっとした。今の時間に外をうろついている子とは、あまり関わりたくない。
ぼくはケータイを閉じると、パソコンの電源を切る準備に入る。さあ、明日の学校で実験だ!
ぼくは、朝から鼻の下が伸びっぱなしだった。母さんに何回『早く支度しなさい!』と言われたことか。
学校に着き、教室の窓際の自分の席に座ると、机の下にケータイを隠してアプリを動かした。先生に見つかると面倒だ。
今は八時を少し過ぎたころだから、タイムリミットはあと二十分くらいだろう。
十分になった。いまだ反応がない。
十五分になった。赤い表示は見受けられない。ケータイを持つ手が震える。
二十分になった。ぼくはそろそろ焦ってきた。もう大抵の生徒は学校に入っているはずだ。それなのに何も反応がないってことは……。
ぼくは歯をギリッと噛みしめた。そんなはずはない! この学校の中に一人くらいぼくの事が好きな人はいるよ、きっと。手から汗が噴き出してきた。
二十五分になり、チャイムが鳴った。ぼくは机に突っ伏した。ああ、なんてことだ! ここまで神様は、ぼくの事を見放すのか!
ドアが開き、年配で背が高くて、白髪が混じった髪をオールバックにしている先生が入ってきた。この先生がいるから、ぼくは余計につらくなる。
先生がドアを閉めた時、ケータイの画面に赤く点が表示された。おおっ、来た!
先生がいるので、ナビの声は切ってある。その点はぼくの教室にどんどん近付いてくる。どんな子だろう? もしかしたら隣のクラスの人かもしれない。心臓が悲鳴を上げている。
ぼくの予想に反し、赤い点はこのクラスの前で動きを止めた。
「すいません! ちょっと遅れました!」
「ええっ!?」
ぼくは思わず声を上げ、ガタッと音を立てて立ち上がった。赤い点で示されていたその人は、ラグビー部の男子だった。