世界がある
世界には沢山の空想的作品がある。その作品の中には何時だって主人公という存在がいて、その存在を中心に物語が進んでいく。
そして、まるで当然のように、作品の中の人間はその世界が【造られた物】だと知らない。何時だって真面目にその作り物の世界に向き合っていて、だけれど作者の好きなように努力させられ、成長させられ、そして時に挫折させられる。
それは何て理不尽な事だろう。彼らは何時だって、その嘘を現実として受け止めているのに、作者という神は、読者という観測者は、ただただそれを【香辛料】としか捉えていない。
作者が悲恋を描いたなら登場人物達は必死にその悲恋に向き合い、もし死別が描かれたならその悲しみにすら立ち向かう。
彼らがもし自分の事を【作品】なのだと認識したら、彼らはどう思うだろう。バッドエンドなら恨むだろうか。ハッピーエンドなら喜ぶだろうか。それとも、そのどちらも関係なく、ただ悲しむのだろうか。
僕には判らない、何も、判らない。ただ時々思うのだ。もしも僕が暮らす【この世界】すら【作り物】だったら、僕は何をすれば良いのだろう。
世界の何処かにいる【主人公】と、僕はきっと会う事もないだろう。ただ【作品】に支障が出ないような生き方をして、支障が出ないような人生を送って、そして支障が出ないような死に方をするのだろう。それは恐らく、最早決定事項なのだ。
なら、僕は何を思えば良い? 悲しい気分は全くしない。苦しみも怒りも喜びも何も感じない。僕の人生がもう決まっているなら、きっと僕は絶望し、やはりその人生を生きるだろう。逆らう事なく、反抗することなく、ただ真っ直ぐに死へと向かうだろう。なぜならそれが僕の【シナリオ】なのだから……。
……でも、もし僕がその運命に逆らえるなら、僕はきっと、きっと、今すぐにでも死んでやるのに……。