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なんだこいつ

作者: 雪猫
掲載日:2026/10/16

なんだこいつ。

1万人の私が行き交う中、

私は思った。


物体転移装置を作るはずが、自分の劣化クローンを増殖させてしまった。

外見はよく似ているが、中身は肉と脂肪の合成物で、臓器もない。

それが1万体、出来上がった。


困ったことに、誰も私を判別できない。

「本物の私はここにいる」と叫んでも、偽物の私も

本物の私だと口々に叫ぶ。


同僚も親しい友人も、親でさえ、私が分からなかった。

劣化クローン達が溶けて消えるまで一週間。

それまで、誰にも認識されず、何も出来ない。

私は絶望していた。


しかし


「ダッサ」

こいつは確実に私を見て、言った。


発明のタイプが似ていて、競争相手となることは多いが、

この男が嫌な奴ということだけは知っている。


怒って言い返し、彼の一ヶ月前の失敗、

『周りを時間停止させようとして自分だけ時間停止した。意識以外』

を思い出させた。

あの時、時間停止が切れるまで、怪我をしないように

安全な場所に移動させたのは誰だと思っているのか。

そう詰問し、食べ物とお菓子を持って来るよう要求した。


彼は、うんざりした顔で

「かわいくねー」

と言い、弁当とスイーツを買うため、

コンビニへ行った。


科学に主観的な「かわいさ」は不要だ。

今必要なのは「食」である。

栄養を摂取しながら、彼に尋ねた。


そういえば、なぜ1万人の中から

この私が分かったのか。


彼は

「なんとなく」

と答えた。


私は非科学的な答えに不満だった。

明確で科学的な答えを要求した。


なぜなら、それは私自身を判別するための

指標となる可能性が高いから。

それを明確に認識出来れば、

ことによると、指紋やDNA以上の

確実性を持った識別方法として、

世界中の迷子や行方不明者をなくすことが出来るだろう。


私の言葉に、彼も納得した。

彼はこの研究の意義を認め、

質問に正直に答えることを誓った。



まず、私をどう思うかを聞いた。


「かわいい」


何を言ってるんだこいつ。

先程の発言との矛盾を突き、嘘を止めるように言った。


彼は弁明した。

本人自身が可愛いことと、

付属的な、態度や行動が可愛くないこととは違うし、

可愛い人が可愛くないことをするのも可愛い、と言った。


私は一瞬頭が真っ白になった。


気を取り直し、今までの彼の悪態の理由を聞く。

コミュニケーションの不器用さと、恥ずかしさが

その理由だと言う。


なぜ今は素直なのか。

科学的正確さの為には、正直であることが必須。

科学が理由ならば、

正直に話すことも恥ずかしくはない、と言った。


私は話題を変え、話を進めるため、

私の他の印象を聞いた。


「科学への姿勢が、かっこいい」


逃げたい。

一瞬そう思ったが、耐えた。


好奇心旺盛で、発明に真剣で、

他人に任せず自分で実験台になる。

その姿を見て、彼も努力するようになり

自分で体を張るようになった、と言った。

時間停止の時も助けてくれて本当に嬉しかった、とも。


彼は語った。


努力を始めた頃、発明のタイプが似ているので、

裏でパクリと噂された。


噂する人々に対して、

彼は仕方ないと諦めていた。


しかし、私は、

発想の根本からの違い、

収斂進化のように、結果的によく似た形になっただけで、

それぞれ独立して生まれてきたものであることを、

細かな一つ一つの違いから明確に示した。


その為には彼の発明や彼の思考についても

深く知ることが必要になるが、

彼の考えた細かな気遣いや意図を細大漏らさず拾い上げ、

それがパクリではないこと、それぞれ独自の発明であることを

科学的に証明してみせた。


「本当にかっこよかった」


こちらを見る彼の目をまともに見ることが出来ない。

よく覚えてるもんだ。

確かに、そんなこともあった。

不正確な噂が許せなかっただけだ。


周りを見ると、

たくさんの私が紅い頬をして、

きゃっきゃっと嬉しそうにひそひそ話をしながら、

こちらを見ている。

うっとおしい。


私は話を終わらせるために、結論を急いだ。


なぜ1万人の中から、この私を見つけることが出来たのか。

その理由は?


彼は長く悩んだ末、

「分からない」

と言った。


私は、不満なような、ほっとしたような思いだった。


きっと、科学的に原因が分からないのが不満なのだろう。

だが、なぜ、ほっとしたのか。

私にも分からない。


彼は言葉を続けた。

「ただ、1万人が、百万、千万、1億人になっても、

たぶん見つけられる。そんな気がする」



彼の真剣な瞳を見て私は


逃げた。


物体転移装置の中へ。


激しく電流が迸り、轟音と共に、

1億人の私が生まれた。


私は1億人の中に紛れ込み、外へ向かって逃げた。


彼は、その手を掴んだ。


「ほら。見つけた」

彼は笑った。



私は、

自分の頬の紅さに気付き、思った。



ああ 


もう、この人から


逃げられない。




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