第25話(最終話) 聖女のいない町
王都の医療団は、数日後に辺境を発った。
馬車が町を離れるとき、派手な見送りはなかった。
手を振る人もいれば、仕事に戻る人もいる。
それでよかった。
セラは、最後にエリシアの前に立った。
「記録は、王都に提出します」
「……どんな内容で?」
エリシアが聞くと、セラは少し考えてから答えた。
「未登録聖性反応。
ただし、管理不要。
環境および人間関係によって、代替可能」
それは、王都が一番嫌う結論だった。
「怒られませんか」
「怒られるでしょうね」
セラは、穏やかに笑った。
「でも、医師としては誇れる報告です」
エリシアは、深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「こちらこそ」
セラは、少し声を落とす。
「あなたは、最後まで“人”でした」
その言葉は、勲章よりも重かった。
***
町は、相変わらずだった。
川は、澄みすぎることもなく、濁りすぎることもない。
畑は、手がかかる。
病人は、ゼロにはならない。
でも。
誰かが倒れれば、誰かが動く。
困りごとがあれば、話し合う。
奇跡は、起きない。
その代わり、日常が続く。
エリシアは、共同施設で皿を洗っていた。
「ありがとう」
そう言われる。
以前とは、少し違う言い方で。
“救ってくれて”ではない。
“一緒にやってくれて”。
それが、何より嬉しかった。
***
夕方、川辺に立つ。
もう、毎日は来ない。
必要があれば、来る。
それだけだ。
水音を聞きながら、エリシアは思う。
かつてここには、
聖女がいたのかもしれない。
でも今は、違う。
ここにいるのは、
ただの住人だ。
選ばれなかった。
だから、縛られなかった。
均す力は、まだ消えていない。
でも、それに頼られることはない。
それでいい。
***
数年後。
王都の記録庫には、
一つの事例が残された。
《辺境ルーヴェン領・未登録聖性反応例》
《結論:管理対象とせず》
《理由:聖女不在でも環境は維持された》
短い、味気ない記録。
英雄の名も、奇跡の描写もない。
ただ、それだけ。
***
エリシアは、今日も町を歩く。
挨拶をして、荷を運び、
ときどき川を眺める。
誰も、彼女を聖女とは呼ばない。
それで、この町は回っている。
それが、答えだった。
――聖女のいない町。
そこには、
奇跡はない。
けれど、
生きていくには、十分だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この物語は、
「聖女」という言葉が持つやさしさと残酷さの両方を描いてみたい、
という思いから書き始めました。
誰かを癒す力。
誰かを救う役割。
それはとても尊く、同時に、とても危ういものでもあります。
もしその力が、
「その人自身を削ることで成り立っている」としたら。
もし周囲が、善意のままそれに依存してしまったら。
――それでも、その人は“正しい存在”なのでしょうか。
エリシアは、聖女として選ばれませんでした。
けれどそのおかげで、
聖女という役割からも、最後まで選ばれなかったのだと思います。
奇跡が起きなくても、
完璧でなくても、
誰か一人が犠牲にならなくても、
それでも町は回る。
そういう世界を、
そういう「終わり方」を、
私は書きたかったのだと思います。
派手なざまぁも、
大きな勝利もない物語でしたが、
最後まで付き合っていただけたこと、本当に嬉しく思います。
この物語が、
誰かの「役割」や「期待」に少し疲れてしまったとき、
ふと思い出してもらえる一作になれば幸いです。
最後まで、本当にありがとうございました。




