第24話 何も起きない数日
エリシアは、距離を取った。
それは、逃げることではなかった。
見捨てることでもない。
ただ、手を出さないと決めただけだ。
炊き出しには行かない。
川辺にも立たない。
診療所の帳簿にも、何も書かない。
代わりに、家の掃除をし、洗濯をし、
必要なら、荷運びを手伝う。
特別なことは、何もしない。
***
一日目。
小さな混乱が起きた。
井戸の水が、少し濁った。
畑の作物に、虫がついた。
「……前は、こんなことなかったのに」
誰かが、そう言った。
エリシアは、何も答えなかった。
医療団が動き、井戸を清掃する。
農作業班が集まり、畑を手入れする。
時間はかかったが、
致命的な事態にはならなかった。
夜。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
でも、倒れはしなかった。
***
二日目。
熱を出す子どもが出た。
以前なら、エリシアは迷わず駆けつけていただろう。
でも、今日は違う。
医師が対応し、母親が付き添い、
近所の人が食事を運ぶ。
「……大丈夫そうだ」
その報告を聞いたとき、
エリシアは、静かに息を吐いた。
胸の重さは、昨日より軽い。
***
三日目。
何も起きなかった。
本当に、何も。
川は、完璧には澄んでいない。
でも、濁りきってもいない。
町は、少し不器用に、
それでも確実に回っていた。
エリシアは、川辺に立った。
距離を保ったまま。
水音を聞くだけ。
それで、十分だった。
***
夜、ミロが様子を見に来た。
「……持ってるな、この町」
彼は、そう言った。
「あなたがいなくても?」
「完全じゃないが」
ミロは、空を見る。
「崩れもしない」
エリシアは、静かに頷いた。
胸の奥に、温かいものが広がる。
――できる。
完璧じゃなくても、
奇跡がなくても。
できる。
***
四日目。
セラが、診療所で報告書を書いていた。
「環境指標、安定」
淡々とした言葉。
「聖性反応、低下」
その一文に、手が止まる。
セラは、少しだけ考え、
こう書き加えた。
――代替可能性あり。
それは、王都にとって
望ましくない結論だった。
***
五日目。
エリシアは、町の中を歩いた。
人々は、彼女を見て微笑む。
でも、以前のような期待の目ではない。
「おはよう」
「おはよう」
それだけのやり取り。
役割ではなく、存在として。
それが、何より嬉しかった。
***
夜。
エリシアは、布団に横になり、
ゆっくりと息をした。
身体は、疲れている。
でも、壊れてはいない。
町も、同じだ。
完璧ではない。
でも、生きている。
彼女は、目を閉じた。
――何も起きない数日。
それは、
この町にとって、
いちばん大きな前進だった。
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