第23話 私の答え
朝は、いつも通りに来た。
特別な空の色でも、風の匂いでもない。
それが、かえってありがたかった。
私は早く目を覚まし、身支度を整えた。
体調は、悪くない。
けれど、良すぎもしない。
――ちょうどいい。
その感覚が、今の私には必要だった。
診療所に向かうと、すでに皆が揃っていた。
セラ。
ミロ。
領主ガルディオ。
昨日と同じ顔ぶれ。
でも、空気はまるで違う。
「……答えが、出ましたか」
セラが、静かに尋ねる。
私は、頷いた。
「はい」
その一言で、部屋の空気が張りつめる。
私は、深く息を吸った。
「王都には、行きません」
声は、震えなかった。
ミロが、わずかに息を詰める。
ガルディオは、目を伏せたまま、何も言わない。
セラは、驚かなかった。
「理由を、聞いても?」
「はい」
私は、言葉を選ばなかった。
「王都に行けば、私は守られます」
事実だ。
「でも、それは――
“均す役割”として守られる、ということです」
セラは、静かに頷く。
「私は、もう分かってしまいました」
視線を上げ、三人を見る。
「私の力は、奇跡じゃない。
癒しでもない」
一呼吸。
「ただ、歪みを引き受けているだけです」
それは、告白だった。
「それを続ければ、
私は、いずれ“人”じゃなくなります」
ミロが、拳を握りしめる。
「だから、王都には行かない」
私は、続けた。
「でも」
ここが、一番大事なところだ。
「今まで通りにも、戻りません」
セラが、わずかに眉を上げる。
「具体的には?」
「介入を、さらに減らします」
私は、はっきりと言った。
「私が均さなくても回る状態を、意図的に作ります」
ガルディオが、顔を上げる。
「……それは」
「危険です」
私が、先に言った。
「町は、揺れます。
苦しい人も、出るかもしれません」
胸が、少しだけ痛む。
「でも」
それでも、続ける。
「その揺れを、
私一人で引き受け続けることは、もうしません」
沈黙。
重いが、逃げない沈黙。
セラが、ゆっくりと息を吐いた。
「……あなたは、聖女でいることを拒否するんですね」
「はい」
即答だった。
「私は、ただの住人でいたい」
それが、私の本音だった。
「均す力が、消えなくても」
そう、付け加える。
「それを“役割”にはしません」
ミロが、低く言った。
「……それで、町が持たなかったら?」
私は、少し考えてから答えた。
「そのときは」
覚悟を込めて。
「王都に行きます」
セラの目が、わずかに見開かれる。
「でも」
私は、続けた。
「それは、“壊れたから”ではありません」
自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。
「選んだ結果として、行きます」
ガルディオが、長い沈黙の末に言った。
「……領主としては、厳しい道だ」
「分かっています」
「だが」
彼は、私を見る。
「人としては、正しい」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
セラは、目を閉じ、数秒考えたあと、言った。
「王都には、そう伝えます」
「……ありがとうございます」
「記録上は」
彼女は、少しだけ笑った。
「“非常に扱いにくい例”になりますが」
「それで、構いません」
むしろ、安心した。
***
診療所を出ると、空が高かった。
私は、川辺に向かう。
今日も、水は完璧じゃない。
でも、流れている。
私は、立ち止まり、手を伸ばし――
そして、引っ込めた。
触れない。
でも、逃げない。
それが、私の選んだ距離だった。
――聖女じゃない。
でも、何もできないわけでもない。
私は、今日から
「均さない選択」を、始める。
それが、
この町を本当に守るための、
たった一つの方法だと信じて。
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