第22話 最後の通達
王都からの通達は、一通の封書だった。
派手な装飾も、威圧的な印章もない。
ただ、形式だけは整えられた、無機質な書式。
それが逆に、重かった。
診療所の一室で、私、ミロ、領主ガルディオ、そしてセラが揃ってそれを開いた。
読み上げるのは、セラだった。
「――医療観測および環境調整に関する中間報告を受理。
本件対象者エリシア・タカハシについて、以下の判断を通知する」
声は、いつもと変わらない。
「当該人物は、未登録の聖性反応を示す可能性が高く、
長期的放置は生命および周辺環境双方にリスクをもたらす」
私は、静かに息を吐いた。
予想していた文言だった。
「よって、王都は二つの選択肢を提示する」
セラは、そこで一度区切る。
「一。対象者を王都医療施設へ移送し、保護観察下に置く。
二。対象者が辺境に留まる場合、以後の健康・環境悪化について、王都は責任を負わない」
部屋が、しんと静まった。
脅しではない。
命令でもない。
ただの、線引き。
私は、文書から目を離した。
「……ずいぶん、正直ですね」
思わず、そう口にしていた。
セラは、苦笑する。
「王都らしくない、と?」
「はい」
彼女は、少し肩をすくめた。
「これ以上、曖昧にできなかったのでしょう」
ミロが、低く言う。
「要するに、連れて行くか、切るかだ」
「そうなります」
セラは、否定しなかった。
「ただし」
彼女は、はっきりと言葉を足す。
「これは“罰”ではありません。
保護も、放置も、それぞれに理由がある」
私は、その言葉を噛みしめた。
王都は、私を守ろうとしている。
同時に、管理しようとしている。
どちらも、事実だ。
「判断は」
ガルディオが、低い声で言った。
「本人に委ねる」
その一言で、全員の視線が私に集まった。
逃げ場は、もうない。
私は、封書を見つめたまま、ゆっくりと言った。
「……すぐには、答えられません」
それは、弱音ではなかった。
事実だった。
「分かっています」
セラは、即座に頷いた。
「これは、今日決める話ではありません」
彼女は、少し言葉を選んで続ける。
「ただ……
あなたが“今まで通りでいられない”ことだけは、確かです」
胸の奥が、静かに軋む。
それは、ずっと分かっていたことだった。
「私は」
言葉が、自然と出てくる。
「王都に行けば、守られるんですよね」
「ええ」
「でも、その代わり」
私は、セラを見る。
「私が均してきたものは、私の手を離れる」
彼女は、否定しなかった。
「辺境に残れば」
今度は、ミロを見る。
「私は、いずれ壊れるかもしれない」
ミロは、歯を食いしばった。
「……それでも」
私は、静かに続けた。
「どちらも、“正しい”んですよね」
誰も、答えなかった。
正しさが二つ並ぶとき、
それはもう、正解ではない。
***
その夜、私は一人で川辺に立った。
水は、以前ほど澄んではいない。
でも、濁ってもいない。
流れは、穏やかだ。
私は、手を入れなかった。
祈りもしない。
ただ、そこに立つ。
――選ばれなかった聖女。
その言葉が、今はしっくりくる。
選ばれなかったからこそ、
選び続けなければならない。
王都か、辺境か。
保護か、放置か。
きっと、どちらを選んでも後悔はする。
でも。
私は、もう一つの選択肢を知っている。
「今まで通りに戻らない」という選択。
それを、言葉にするのは――
明日でいい。
川は、何も答えなかった。
それでいい、と私は思った。
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