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第2話 処遇という名の静けさ

 別室は、思っていたよりも小さかった。


 石の壁に、簡素な長机と椅子がいくつか置かれているだけ。装飾はなく、窓も高い位置にひとつだけ。外の様子はよく見えない。


 ――待合室、という言葉が一番近いかもしれない。


 私たちは、そこで待たされた。


 誰も何も説明しない。神官も騎士も、必要最低限の人数だけが残り、あとは出て行ってしまった。残された空気は、静かで、重い。


「……どうなるのかな」


 誰かが、ぽつりと呟いた。


 返事はなかった。


 私も、答えを探そうとは思わなかった。胸の奥に、妙な冷静さがあった。さっきまでの混乱が嘘みたいに、頭ははっきりしている。


 ――選ばれなかった。


 その一点だけが、はっきりしている。


 それ以上のことは、まだ分からないし、分からなくていい。変に期待して、また落とされるくらいなら、最初から何も考えない方が楽だった。


 しばらくして、扉が開いた。


 入ってきたのは、先ほど広間にいた神官だった。相変わらず、感情の読めない表情。彼は一枚の書類を手に、淡々と話し始める。


「皆さんの処遇が決まりました」


 その言葉に、室内の空気がわずかに張りつめる。


「本来であれば、聖女候補として一定期間、王都で保護・教育を行う予定でしたが……今回は事情が異なります」


 視線が、一瞬だけ私たちをなぞる。


「正式に聖女と認定されたのは一名のみです。他の方々については、聖女としての役割は期待されていません」


 はっきりと、線を引かれた。


 誰かが息を詰める音がした。別の誰かは、唇を噛みしめている。私は、ただ聞いていた。


「よって、各自に適した形で、この国で生活していただきます」


 ――生活。


 その言葉は、意外だった。


 もっとこう、「元の世界に戻れない」とか、「処分」とか、そういう冷たい言葉が出てくると思っていたから。


「希望があれば、王都での就労支援も可能です。あるいは、地方領地での受け入れも――」


「……選択、できるんですか?」


 思わず、口を挟んでいた。


 神官は少しだけ驚いたようにこちらを見て、それから頷く。


「形式上は」


 形式上。


 その言葉に、胸の奥が少しだけ冷えた。


 つまり、選択肢はある。でも、どれを選んでも、大きくは変わらない。そんな響きだった。


「王都での生活は、保障されます。ただし――」


 神官は一度言葉を切り、淡々と続ける。


「聖女に関する情報には、今後一切関与しないことが条件です」


 ……なるほど。


 つまり、忘れて生きろ、ということだ。


 私は、なぜかほっとしていた。


 聖女。奇跡。期待。責任。

 それらすべてから、距離を置いていいと言われた気がしたから。


 ふと、隣を見る。


 さっきまで落ち着いていた女性が、今にも泣き出しそうな顔をしている。別の人は、何か言いたげに神官を見つめていた。


 私は、静かに手を挙げた。


「……地方領地、というのは」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「どういう場所ですか?」


 神官は、ほんの一瞬だけ考えるような間を置いてから答えた。


「人手不足の地域です。環境は……厳しいでしょう」


 それで十分だった。


 王都で、腫れ物のように扱われるよりも。

 何も期待されず、ただ“人手”として扱われる方が、ずっと楽だ。


「そこに行きます」


 そう言うと、周囲の視線が集まった。でも、もう気にならなかった。


 神官は、小さく頷いた。


「分かりました。では――辺境領ルーヴェンへの派遣とします」


 その名前を聞いた瞬間、なぜか胸の奥が、少しだけ軽くなった。


 理由は分からない。ただ、直感的に思ったのだ。


 ――ここより、ましだ。


 話が終わると、神官は書類に何かを書き込み、淡々と処理を進め始めた。


「他の方々についても、順に確認します」


 名前が呼ばれ、それぞれが選択を告げていく。


 王都に残ると言った人。

 就労支援を希望した人。

 どこか不満げに、でも逆らえない様子で頷いた人。


 そのたびに、神官は同じ調子で頷き、同じ言葉を繰り返す。


「承知しました」

「後ほど詳細をお伝えします」


 感情は、そこにはなかった。


 やがて、全員の処遇が決まる。


「では、エリシア・タカハシさん」


 再び名前を呼ばれ、私は一歩前に出た。


「辺境領ルーヴェンへは、三日後に出発していただきます。最低限の生活用品は用意しますが、それ以上の支給はありません」


「分かりました」


 返事は、自然に口をついて出た。


 それを聞いた神官は、一瞬だけ私を見た。ほんのわずかな、測るような視線。


「……何か、質問はありますか?」


 その問いに、私は少し考えた。


 元の世界に戻れるか。

 なぜ選ばれたのか。

 この先、どう生きればいいのか。


 聞きたいことはいくつもあった。でも、そのどれもが、今さらだった。


「……いえ。大丈夫です」


 そう答えると、神官は頷いた。


「では、これで」


 それだけだった。


 引き止めも、慰めもない。

 期待も、失望もない。


 私という存在は、ここで“処理完了”になったのだ。


 部屋を出るとき、他の候補者たちはそれぞれ違う方向へ案内されていった。王都の奥へ進む者もいれば、別の控室に向かう者もいる。


 私は、一人だった。


 廊下を歩きながら、ふと足を止める。


 遠くから、広間のざわめきが聞こえた。

 祝福の声。

 祈りの言葉。


 あの光の中にいるのは、もう私ではない。


 それでも、不思議と胸は静かだった。


 ――これでいい。


 期待されないなら、裏切ることもない。

 何もできないと言われたのなら、無理に証明する必要もない。


 部屋に戻ると、簡素な荷物がすでに用意されていた。衣服が数着と、最低限の日用品。それだけ。


 まるで、長期滞在を想定していないかのようだ。


「三日後……か」


 呟いて、ベッドに腰を下ろす。


 ここに来てから、まだ半日も経っていない。それなのに、ずいぶん遠くまで来た気がした。


 その夜、私は久しぶりに、深く眠った。


 夢は見なかった。


 誰にも期待されず、誰にも縛られない。

 そんな静けさが、今の私には心地よかった。


 ――この選択が、どれほど重いものかも知らずに。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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