第19話 管理という提案
医療団の代表、セラ・ルディエルから呼び出しを受けたのは、昼下がりだった。
場所は診療所の一角。
簡素な机と椅子が置かれただけの、仮設の部屋だ。
ミロと領主ガルディオも同席している。
――三人。
その人数が、話の重さを示していた。
「今日は、提案があります」
セラは、前置きなく切り出した。
机の上には、数枚の記録紙が並べられている。数値、線、簡潔な注記。どれも感情を挟まない、医療の言葉だった。
「ここ数日の観測で、ある傾向が見えました」
彼女は、紙の一枚を指で押さえる。
「エリシアさんが完全に休息を取った日は、町の環境指標がわずかに悪化する」
次の紙。
「一方、彼女が長時間関与した日は、町は安定しますが――」
視線が、私に向く。
「本人の消耗が、急激に進みます」
それは、もう分かっていたことだった。
それでも、こうして言葉にされると、胸の奥が冷える。
「ですが」
セラは、さらに続けた。
「第18話――いえ、昨日の行動」
わざと話数を言い直したのが、少しだけ人間らしかった。
「短時間・低関与での接触では、
町も、本人も、大きく崩れない」
机の上の線は、確かにそう示している。
「つまり」
彼女は、はっきりと言った。
「配分すれば、共倒れは避けられる可能性がある」
部屋が、静まり返る。
ミロが、腕を組んだまま言った。
「……可能性、か」
「はい。まだ仮説です」
セラは即座に頷く。
「だからこそ、提案です」
彼女は、一呼吸置いた。
「管理された介入実験を行いたい」
その言葉が、空気を変えた。
管理。
その二文字が、重く落ちる。
「具体的には」
セラは、紙を一枚差し出す。
「エリシアさんの行動時間、場所、接触対象を記録します」
私は、反射的に息を止めた。
「制限ではありません」
すぐに補足が入る。
「指示もしません。ただ、
“今日は何を、どれくらいしたか”を可視化する」
それは、正論だった。
実際、今の私は、感覚だけで動いている。
「同時に」
セラは続ける。
「医療、生活改善、労働分担を段階的に導入します」
ミロが、低く言う。
「……聖女を減らして、別のもので埋める、と」
「そうなります」
否定しなかった。
「最終的な目標は一つです」
セラは、私を見る。
「あなたが壊れないこと」
その言葉は、驚くほど真っ直ぐだった。
王都の人間の言葉とは思えないほど。
「……町は?」
私の声は、思ったより落ち着いていた。
「町も、守ります」
セラは即答した。
「だから、実験です。
どこまで代替できるかを、測る」
沈黙。
ミロが、ゆっくりと口を開く。
「それで、失敗したら?」
セラは、目を逸らさなかった。
「即座に中止します」
「誰が決める」
「私です」
はっきりとした答え。
「医師として、責任を取ります」
その覚悟に、言葉を失う。
ガルディオが、低く言った。
「本人の意思は」
全員の視線が、私に集まる。
――選択。
第15話から続いていた問いが、ここで形を持った。
「……記録されるのは、正直、怖いです」
私は、正直に言った。
「私が“人”じゃなくなる気がして」
セラは、少しだけ目を伏せた。
「分かります」
短い一言。
「でも、今のままでは、あなたは静かに消耗し続ける」
それも、事実だった。
私は、深く息を吸う。
町の顔が浮かぶ。
川の音が、思い出される。
「……条件があります」
初めて、私のほうから言った。
三人が、わずかに身構える。
「私が、嫌だと思ったら、やめます」
セラは、即座に頷いた。
「当然です」
「記録は、私も見ます」
「はい」
「町の人に、説明してください」
セラは、少しだけ驚いた顔をした。
「隠したくありません」
私は、言葉を選ぶ。
「知らないまま支えられるのは、嫌です」
沈黙のあと、セラは小さく笑った。
「……本当に、聖女向きじゃない」
それは、褒め言葉だった。
「分かりました」
彼女は、手を差し出す。
「実験は、共同で行いましょう」
私は、その手を取った。
冷たくも、温かくもない。
ただ、人の手だった。
その瞬間、はっきりと感じた。
これは、支配ではない。
でも、自由でもない。
――境界線の上だ。
実験は、翌日から始まる。
誰も知らない結果に向かって。
それでも私は、
“何も分からないまま均す存在”でいるより、
ずっと前に進んだ気がしていた。
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