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第14話 善意という名の来訪者

 その知らせは、朝の炊き出しが始まる前に届いた。


「医療支援団が来る」


 ミロが、短くそう告げたとき、場の空気が一瞬止まった。


「……医療、ですか?」


 年配の女性が、恐る恐る聞き返す。


「王都からだ」


 その一言で、ざわめきが広がる。


 不安と期待が、同時に立ち上がる音だった。


 王都。

 それは、この町にとって「遠い中心」であり、「頼れない存在」でもある。


「正式には、視察を兼ねた医療支援だ」


 ミロは続ける。


「数日滞在して、診察と環境確認をする」


 私は、その話を少し離れた場所で聞いていた。


 胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。


 ――来た。


 観測が、形を持った。


「……受け入れるんですか?」


 誰かが聞く。


「拒否する理由がない」


 ミロの声は、淡々としていた。


「治療が必要な人間は、ここに山ほどいる」


 それは事実だった。


 だからこそ、拒めない。


 午前中、町は慌ただしくなった。


 掃除をする人。

 道を整える人。

 井戸の周りを片づける人。


 私は、手伝いながらも、どこか落ち着かなかった。


 ――見られる。


 川も、畑も、人の顔色も。

 そして、きっと私も。


 昼過ぎ、町の入り口に馬車が止まった。


 白を基調とした簡素な服装の一団。医師と助手、そして数人の随行員。武装は控えめだが、全員の動きに無駄がない。


「医療支援団代表、セラ・ルディエルです」


 先頭に立った女性が名乗った。


 年は三十代半ばほど。落ち着いた声と、柔らかい表情。人を警戒させない空気をまとっている。


「短い滞在になりますが、どうぞよろしく」


 その言葉に、町の人々はほっとしたような顔をした。


 ――善意だ。


 疑う理由は、表向きにはない。


 診察はすぐに始まった。


 子ども、老人、体調を崩している者たちが、順番に診られていく。医師たちの手際は良く、説明も丁寧だった。


「……ちゃんと、医療だ」


 誰かが小さく呟く。


 その言葉に、私も頷きそうになった。


 本当に、助けになる。

 本当に、ありがたい。


 そのはずなのに。


「次の方」


 呼ばれた声に、私は反射的に一歩引いた。


 ――行かない。


 そう、決めていた。


 体調は万全ではないが、診察が必要なほどでもない。

 それ以上に、理由は別にあった。


 私は、ここにいるだけで影響を与えてしまう。


 診察台に座れば、何かを測られる。

 測られれば、比べられる。


 それは、絶対に避けなければならない。


「エリシア」


 ミロが、小さく名前を呼ぶ。


「……今日は、外れていい」


 それは、確認ではなく許可だった。


「分かりました」


 私は、静かに答え、診療所から離れた。


 川辺に向かう。


 いつもより、人が少ない。

 皆、医療支援の方へ集まっている。


 私は、石に腰を下ろし、川を眺めた。


 水は、相変わらず穏やかだ。


 ――触れない。


 今日は、触れないと決めた。


 しばらくして、足音が近づく。


「……あなたが、エリシアさん?」


 振り返ると、あの代表の女性――セラが立っていた。


「はい」


 短く答える。


「診察に来ていませんね」


「必要ありませんので」


 嘘ではない。


 セラは、少しだけ表情を和らげた。


「無理をしている人ほど、そう言うんですよ」


「……慣れてます」


 そう答えると、彼女は小さく笑った。


「辺境ですね」


 悪意のない言葉だった。


「町の空気が、穏やかです」


 胸の奥が、きゅっと鳴る。


「普通の町ですよ」


「いいえ」


 セラは、はっきりと言った。


「“回復しつつある町”です」


 その断定に、心臓が跳ねる。


「……そうですか」


 それ以上、返す言葉が見つからなかった。


 セラは、川に目を向ける。


「水も、悪くない」


 私は、黙っていた。


 彼女は、私を見ないまま続ける。


「安心してください。今日は、何も調べに来ていません」


 その言葉が、逆に怖かった。


「医師として、必要なことしかしない。それだけです」


 ――今日は。


 その一言が、頭から離れない。


「……私は、何も特別じゃありません」


 思わず、口に出していた。


「ええ」


 セラは、即座に肯定した。


「特別じゃない。だからこそ、大切にしなければならない」


 意味が、すぐには理解できなかった。


「聖女だとか、奇跡だとか」


 彼女は、淡々と言う。


「そういう言葉がつく前に、人は壊れます」


 その言葉に、背筋が冷えた。


 ――この人は、知っている。


 何を、とは分からない。

 でも、少なくとも“前例”を。


「今日は、何もしません」


 セラは、静かに言った。


「でも、いずれ――話を聞かせてください」


 それは、命令でも脅しでもなかった。


 ただの、予告だった。


 彼女は、軽く頭を下げ、その場を去っていく。


 一人残された川辺で、私は息を吐いた。


 ――距離を取った。


 今日は、それだけだ。


 それでも、胸はざわついている。


 善意は、刃よりも扱いが難しい。


 拒めば、悪になる。

 受け入れれば、縛られる。


 私は、まだ答えを持っていない。


 ただ一つだけ、はっきりしたことがある。


 この町は、もう隠れきれない。


 そして私は、

 「何もしない」という選択すら、

 意味を持ってしまう場所に立っている。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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