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第1話 召喚と測定

聖女に選ばれなかった。


それだけで、私の居場所は王都から消えた。


特別な力があると言われ、

期待され、試され、そして――足りないと判断された。


だから私は、辺境へ送られた。

静かに、目立たないように、誰にも期待されない場所へ。


奇跡なんて起こせないし、

起こすつもりもなかった。


ただ、生きるために働いて、

町の人と同じように暮らすだけ。


――それで、十分だったはずなのに。


どうしてか、

私が来てから、町が少しずつ元気になっていった。


これは、

聖女として選ばれなかった私が、

「聖女として扱われない場所」で起きた物語。

 床が、光った。


 ――そう気づいた瞬間には、もう遅かった。


 足元から白い光が立ち上がり、視界が焼きつぶされる。耳鳴りと、身体がふわりと浮くような感覚。反射的に目を閉じたけれど、まぶたの裏まで光が染み込んでくる。


「え……?」


 声は、途中で途切れた。


 次に目を開けたとき、そこは見覚えのない場所だった。


 高い天井。石造りの床。円形に広がる広間の中央に、幾何学模様の描かれた魔法陣。――そして、その中に立っているのは、私だけじゃなかった。


「……ここ、どこ?」


 震える声が、誰かの口から漏れる。


 私と同じように、制服姿の少女。スーツ姿の女性。年齢も服装もばらばらな、数人の女性たちが、互いに戸惑った表情で周囲を見回していた。


 その外側を、見知らぬ人たちが囲んでいる。


 長いローブを着た老人。豪奢な衣装の若い男。武装した騎士たち。全員が、こちらを見ていた。


 ――評価するような目で。


「召喚は成功したようだな」


 静かな声が、広間に響いた。


 前に出てきたのは、白い法衣をまとった神官らしき男性だった。整った顔立ちで、感情を感じさせない声。彼は、私たち一人ひとりに視線を走らせる。


「あなた方は、この国を救うために召喚された“聖女候補”です」


 ……せいじょ?


 言葉の意味を理解する前に、胸がきゅっと縮こまった。


 誰かが息を呑む。誰かが小さく笑う。私はただ、立ち尽くしていた。


「これより、聖女としての適性を確認します。恐れる必要はありません。ただ、順に魔力を測定するだけです」


 そう言って、神官は水晶球を掲げた。


 最初に呼ばれた少女が、恐る恐るそれに手を触れる。次の瞬間、水晶が淡く光り、ざわめきが広がった。


「反応あり」

「これは……かなりの量だ」


 周囲の空気が、一気に期待を帯びる。


 次、また次と測定が進み、そのたびに歓声や安堵の声が上がった。誰かが「すごい」と言われ、誰かが「希望だ」と持ち上げられる。


 その様子を見ながら、私は手のひらをぎゅっと握りしめていた。


 ――もし、私だけ何もなかったら。


 順番が近づくにつれて、心臓の音がうるさくなる。逃げ場はない。ここに立っている以上、結果は必ず出る。


「次。……エリシア・タカハシ」


 名前を呼ばれて、肩が跳ねた。


 足が少し震える。けれど、深呼吸して前に出る。水晶球は、思ったより冷たかった。


 そっと、触れる。


 ……何も起きない。


 一秒。二秒。


 沈黙。


 水晶は、沈んだままだった。


 ざわめきが、微妙に質を変える。期待ではなく、困惑と落胆の混じった音。


「……反応、なし?」


 誰かの小さな呟きが、やけに大きく聞こえた。


 神官は水晶を見つめ、次に私を見る。その目に、さっきまであった熱が、もうなかった。


「……下がってください」


 声は丁寧だった。でも、そこには興味がなかった。


 私は何も言えず、言われた通りに列の端へ戻る。胸の奥が、じんと痛んだ。


 ――やっぱり、私は。


 広間の中央では、次の測定が始まっている。再び光り、歓声が上がる。


 その輪の外で、私は一人、取り残されたような気がしていた。


 測定は、そのまま続けられた。


 私が列に戻ったあとも、水晶は何度も光り、そのたびに広間はざわめいた。希望、安堵、賞賛。そんな感情が、空気の温度を少しずつ上げていく。


 ――その輪の中に、私はいない。


「最後に、もう一度確認を」


 神官の声が響き、ひとりの女性が前に出た。


 年は、私とそう変わらない。長い髪を結い、背筋を伸ばした姿は堂々としていて、どこか“場に馴染んでいる”ように見えた。


 彼女が水晶球に触れた瞬間。


 眩い光が、広間を満たした。


「……っ」


 思わず、息を呑む。


 水晶は白く、そして淡く金色に輝き、まるで呼吸するように明滅していた。今までとは明らかに違う反応だった。


「これは……」

「間違いない」

「聖女の資質だ」


 声が、重なる。


 神官たちは顔を見合わせ、静かにうなずいた。騎士の一人が膝をつき、豪奢な衣装の若い男――おそらく王族だろう――が、ゆっくりと前に出る。


「よく来てくれた、聖女よ」


 その言葉は、はっきりと彼女に向けられていた。


 彼女は驚いたように目を見開き、それから、少し戸惑いながらも頭を下げる。その仕草に、周囲から安堵のため息が漏れた。


 ……決まったのだ。


 この人が、選ばれた。


 私は、その光景を少し離れた場所から見ていた。悔しい、という感情がないわけじゃない。でも、それ以上に胸を占めていたのは、妙な納得だった。


 ――ああ、やっぱり。


 最初から、私はその位置に立っていなかったのだ。


「他の方々については、追って処遇を決定します」


 神官が事務的に告げる。


 “他の方々”。


 その一言で、私たちはひとまとめにされた。候補だったはずの立場は、もう過去形になっている。


 隣にいた女性が、小さく肩を落とす。別の誰かは、まだ現実を受け止めきれない顔をしていた。私はといえば、不思議と頭が冴えていた。


 ――期待されないなら、それでいい。


 勝手に呼ばれて、勝手に試されて。勝手に落胆されるのなら、最初から関わらない方が楽だ。


 そんな考えが、胸の奥に静かに沈んでいく。


 ふと視線を感じて顔を上げると、先ほどの神官と目が合った。ほんの一瞬だけ、彼は私を見つめ、それから視線を外した。


 そこにあったのは、失望でも敵意でもない。


 ――関心のなさ。


 それが、何よりもはっきりした線引きだった。


 ほどなくして、私たちは別室へと案内された。広間に残された光と歓声が、遠ざかっていく。


 扉が閉まる直前、もう一度だけ振り返る。


 中央で、祝福を受ける彼女の姿が見えた。眩しい光に包まれたその背中は、もうこちら側の人間ではないように思えた。


 扉が閉じる。


 音が、やけに重く響いた。


 静かになった部屋で、私は小さく息を吐く。


「……ここから、どうなるんだろ」


 誰に向けたでもない言葉だった。


 答えはない。ただ、ひとつだけ確かなことがある。


 ――私は、選ばれなかった。


 そして、その事実は、これから先も変わらない。


 少なくとも、今は。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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