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Ep1-Part1「恋について」

「ごめん麻奈。俺らもう別れよう。」

そう言われて、篠田麻奈の恋はあっけなく終わった。

入学して二か月が経った6月。クラスで気になっていた男子と付き合うことになり、夏休みのデートプランを立てていた矢先、わずか3週間で破局したのだ。

別れ話を告げられて感傷に浸りながら帰りつつも、自分の恋愛観についても疑問を持っていた。

「好きって何なんだろうなぁ...」

怒りや悲しみよりも複雑な感情をうまく言語化できずにいた。

その日から一週間ほど、ずっと失恋を引きずっていた。ある金曜日の放課後、友達は全員部活に行き、帰宅部だった私だけが取り残された。

「運命的な出会い、ないかなあ...」

そうやって独り言をつぶやき、黒板に好きな人のタイプを書きなぐった。

・包容力がある

・優しい

・かっこいい顔

・趣味が合う

やめよう。これ以上書いても、自分のエゴまみれの恋愛観に絶望するだけだ。

そっとチョークを置いたその時

「あの」

突然聞こえた弱々しい声は、学級委員の栗林蒼介の声だった。彼も部活に所属しておらず、放課後は教室で勉強をしている。入学初期こそ、席が隣でよく話しかけていたが、彼自身あまりコミュニケーションが得意でなく、いつの間にか話さなくなっていた。

「黒板消してもいいかな。」

気付けば時計は18:00をさしていた。残り15分程度で部活も解散し、30分には完全下校時刻になる。学級委員である彼は、毎日帰宅前に軽く教室を掃除してから帰っているらしい。

「あ、ごめん...」

あまり絡みづらいオーラを放っているので、他の人のように話すことができない。別に嫌いなわけではないが、無理して話すような人でもないので、気付けば全く話さずにいた。

「...」栗林はしばらく黒板を眺めた後、こちらを向く

「篠田さんって、彼氏いないの?」

急に度肝を抜かれる質問が来た。会話のキャッチボールの準備をしていたら、いきなり時速170kmの剛速球が飛んできたようなものだ。

「え、まあ、ね。」親しくない人に、失恋したことを告げるのは何となく気が引けたので、当たり障りのない返事を返しておいた。

ふーん、と言いながら黒板を素早く消していく栗林。なんとなく帰りづらい雰囲気になったので、それをぼーっと眺めていた。

「それじゃあ。」黒板を消した栗林は、鞄を背負って足早に帰っていった。下げられているキーホルダーがジャリジャリとうるさくなっていた。

…なんだったんだ、あれは。しばらく立ち尽くしていたが、そろそろ15分になろうとしていたので、慌てて教室を後にした。

「…」

「…」下駄箱でまたも遭遇してしまった。いや、クラスが同じだから遭遇することは普段からあるのだが。

そのまま歩き始めようとした麻奈を珍しく栗林が呼び止めた。

「あ、あの篠田…さん」

急に呼び止められて驚いていると、突然栗林は切り出した。

「僕…普段から人と話すの上手くなくて…でも、友達がいないまま高校生活を送るの、嫌で…だから、その…人と仲良くなる方法を…教えて欲しいんだ。」

突然な相談だった。そもそも殆ど話さない女子に対してするような相談じゃない。冗談じゃない。

「いいよ」

でも、麻奈はこの振られた後のなんとも言えない寂しさを紛らわせたかった。だから快諾した。

「そのかわり、あたしの彼氏を探すのも手伝ってね」冗談で言ったつもりが、

「はい!」と威勢のいい返事が返って来た。

なんとなくだが、コミュ力は意外とあるんじゃないかと思ってしまった。


意外と帰り道が近かった。麻奈は電車で通学していたが、栗林は駅から徒歩3分ほどのアパートに住んでいた。学校から駅までの20分間、麻奈は栗林と話して帰った。

「友達、ねぇ…」

「恋愛、かぁ…」

お互いの相談事が複雑なだけあって、会話はあってなかったようなものだった。

「友達って自然にできるものじゃん?」

「でも恋人も、偶然できるようなものな気が…」

「そうじゃないんだよなー…愛ってのは自分で掴み取るものだから!」

「友達も自主的に作りに行かないとできないし…」

本当に会話が噛み合わない。恐ろしい程に。そもそも私はなぜ話しかけることがほとんどないような男子に、真面目な恋愛相談をしているんだ。親しくもない間柄なのに、何故一緒に帰ってるんだ…

「あ、そういえば」

と、麻奈がそんな風に考えていると突然栗林が大きな声を出す。本人も予想していない大きさだったらしく少し恥ずかしそうだ。

「篠田さんが黒板に書いてたので、『趣味が合う』って言うのがあった気が」

「あー…それはあるかも…」

「僕も趣味が合うような人がいなくて…友達を作ろうとしても、自分の守備範囲が狭くて…」

それはある。ニッチな趣味ほど沼りやすいのだ。麻奈も1時期奇妙な見た目のぬいぐるみにハマっていたが、それを知っている人はゼロだったし、いつのまにか販売停止されてた。

「でもさあ、自分を知ってもらうんじゃなくて、相手を知ってみる方がいいんじゃない?」と言って、麻奈は少し胸にちくりと来た。今週別れたばかりの彼氏の趣味を知ろうとしなかった経験があるからだった。

「そう、だよね…」と俯いて栗林は言った。

「篠田さんは…最近何にハマってるの…?」

急な質問に少し狼狽えた。「え、えええ?うーん…なんだろなあ」

色々考えたが、何も浮かばない。そう言えば最近どうやって過ごしてたっけ…

「そ、そっちは?栗林はさ、普段何やってるの?」無理矢理出したキラーパスだったが、待ってましたと言わんばかりに栗林は答えた。

「作曲…」

「え?栗林作曲できるの!?」

「まぁ…高校入ってから楽器とかも始めて…殆ど素人だけど…」

「いやいや、できるだけでもかっこいいよ」

「かっこいい、ですか…ありがとう。」

意外な話だったが、正直作曲とか難しくてついていけなさそうだ。

「もっとさ、ゲームの話とか!そう言うのは盛り上がるよ!」

「え…」

普段からゲームをやっていると言うのは、入学直後に聞いたのだ。ゲームとかは普段やらないが、麻奈も興味のあるゲームはあった。

「なんか…あまり人に教えられないものなんだけど」

と前置きしてからスマホの画面を差し出して来た。

何かオタク趣味、と言うのが相応しい感じのゲームの並びだった。アプリのアイコンは可愛らしいいわゆる『萌えキャラ』の女の子が写っている。

「ごめんなさい、なんか思った通りの感じで…」すごく自信がなさそうだが、正直こう言うゲームもやりたいと思うことはあったし、どんなゲームをやってるからと言って、馬鹿にするのは間違っている気がした。

「やっぱアンタ、自分に自信がないだけじゃない?」

「え?」

「だって、趣味もしっかりあって、やろうと思えば共有だってできてるじゃん。オタクっぽいから馬鹿にするなんて人、そっちの方がダサいよ。」

麻奈はオタク文化は知らないが、SNSで馬鹿にされてしまっているのをよく見る。そう言う人ほど趣味とかそう言うのがなく、何を偉そうにと思っていたのだ。

「…それじゃあ、もうすぐ家だから…」

返事は無く、足早で帰って行ってしまった。

…かける言葉を間違えてしまっただろうか。

話す相手もいなくなって1人になった瞬間、寂しさが込み上げてきた。少し前までは駅まで彼氏に送ってもらっていた。帰ってからもメールやメッセージを送って日付が変わるまで話していたものだ。言うなれば、恋人同士の話が趣味になっていた。

そんなことを思っていると「あー死にてー」と何度か独り言で言ってしまう。もう元彼には何も未練がないが、なんとも寂しさが拭いきれない。

趣味、か…

帰りの電車の中で、栗林の入れていたゲームの一つを麻奈はインストールしたのだった。

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