再び歩き出す
レオンが村を逃げ出してから、幾月が過ぎた。
命を繋ぐために剣を取り、ようやく生きる術を覚えた彼に、
新しい試練が訪れる。
それは、ただの護衛依頼。
けれどその旅の果てに、再び“過去”が彼を呼び戻そうとしていた。
朝靄の残る街の広場で、ダグが腕を組んで待っていた。
背には巨大な剣、肩には無骨な荷袋。
まるでこの国そのものを背負っているような男だ。
「お、来たか。寝坊助め」
「昨日まで採取してたんだ。疲れてたんだよ」
「言い訳は酒場でやれ。今日は護衛依頼だぞ」
レオンは眉を上げた。
護衛。聞き慣れた言葉だった。だが、自分にはまだ早い気がした。
剣を握るたび、あの日の血の匂いが蘇る。
「……本当に俺でいいのか?」
「いいさ。荷馬車の見張りくらい、子どもでもできる。
それに、そろそろ他のことも覚えないとな」
軽口のようで、どこか本気の声だった。
ダグはいつもそうだ。笑いながら、どこかで人を救おうとしている。
二人が向かったのは、街門近くの商隊の列。
馬車が三台、積荷の上には布袋と木箱。
商人たちは忙しそうに準備をしていた。
「護衛は五人だ。道中は魔物が出るがが、峠を抜ければ平原に出る。
そこまで行けば、帝国領との交易所が見えてくる」
“帝国”という言葉に、レオンの足が止まった。
だが、すぐに前を向く。今は関係ない。今はただ、生きるために。
出発の合図が鳴り、馬車がゆっくりと動き出す。
街の喧騒が遠のき、土の匂いが濃くなっていく。
レオンは背の剣を確かめながら、深く息を吸った。
森を抜けると、広い丘が広がっていた。
青く澄んだ空。雲が流れ、草が風に揺れる。
旅の仲間たちは笑い合い、レオンも少しだけ笑みを浮かべた。
――こんな穏やかな日々が、ずっと続けばいい。
だが、夜になり焚き火を囲んだとき。
商人の一人が、ぽつりと口を開いた。
「そういえば聞いたか? 帝国がまだ姫を探してるらしい」
「姫?」
「王国の姫だよ。生きてるって噂だ」
レオンの手が止まった。
火の粉が弾ける。心臓の鼓動が、焚き火よりも早く鳴る。
あの日、団長に託された言葉が脳裏に蘇る。
――姫を探せ。
「ま、どうせ噂さ。帝国も影を追ってるだけだろうよ」
ダグが笑って言うが、レオンは笑えなかった。
夜空には無数の星が散っていた。
そのひとつひとつが、遠い王国の記憶を照らしているようだった。
火が小さくなり、皆が眠りについたあと。
レオンは静かに立ち上がり、空を見上げた。
風が頬を撫でる。
あの夜と同じ風だった。
「……まだ、生きてるのか」
その呟きは、誰にも届かない。
けれどその瞬間、彼の瞳には再び“騎士”の光が宿っていた。
逃げるように生きてきたレオンが、
再び“守る”という言葉を思い出し始めた章でした。
帝国が探す姫の噂――それが真実なのかは、まだ分かりません。
ですが、レオンにとってその言葉は確かに灯のように、
再び彼を“過去”へと導こうとしています。




