抱えるもの
罪悪感と後悔を抱えたまま、彼はただ歩き続けた。
たどり着いたのは、“冒険者の国”――誰もが過去を捨てて生きる場所。
逃亡の先に待つのは、安息か、それとも再び運命の炎か。
レオンの小さな旅が、ここから始まる。
森を抜けたとき、レオンの足はもう限界だった。
息は荒く、喉は砂を噛むように乾いている。
昼の太陽は高く、枯れた木々の影さえ短い。
背後に広がるのは、もう帰ることのできない焼けた村。
風に乗って、まだ煙の匂いがかすかに漂っている気がした。
――また、逃げた。
その言葉が、頭の中で何度も響く。
何もできなかった。
ただ、生き延びただけ。
自分を信じ、匿ってくれた人々を見殺しにして。
足がふらつき、土の上に崩れ落ちる。
空はやけに眩しく、意識が遠のいていく。
そのとき、鈍い車輪の音が近づいた。
「……おい、大丈夫か?」
かすれた声に目を開けると、馬車の影が見えた。
荷を積んだ小さな行商の馬車。
御者台には、年季の入った旅装の男が座っている。
髭面の中年で、片方の腕に包帯を巻いていた。
「……あんた、王都の人か?」
レオンは返事ができなかった。
喉が声を拒んでいた。
代わりに、男はため息をつきながら手を差し伸べる。
「まあいい。死にたくなきゃ乗んな」
そう言われるがまま、レオンは荷台に引き上げられた。
麻袋の上に転がるように倒れ込む。
馬車がゆっくりと動き出すと、がたがたと心地よい振動が伝わってきた。
男は小さな水筒を投げて寄こした。
「飲め。干からびた死人を荷台に乗せる趣味はねぇんだ」
レオンは震える手で水をあおる。
冷たさが喉を通り、胸の奥に染み渡る。
「助かった……」
ようやくそれだけ呟くと、男は笑った。
「助けたわけじゃねえ。たまたま通りがかっただけさ」
「……それでも、ありがとう」
「素直な若造だな。名は?」
「……レオン」
「そうか。俺はブラム。行商人だ。
王国が燃えてから、客も道も減っちまってな。
まあ、こうして生き延びた奴がいるなら、それだけで少しはマシか」
ブラムの声は穏やかだった。
だが、その瞳の奥に宿るものは、同じ“喪失”の影だった。
馬車は揺れながら、ゆっくりと丘を越えていく。
遠くに広がる大地の向こう、霞の中にひとつの都市が見えた。
白い壁と尖塔。街道を行き交う商人や傭兵の姿。
賑やかさと混沌が入り混じった活気のある国――アデランテ。
「この先が“冒険者の国”だ」
ブラムが指をさす。
「国ってほど大層なもんでもねえが、
逃げてきた連中が集まって作った場所だ。
力さえあれば、過去も名前も問われねえ。……あんたみたいな奴には、うってつけかもな」
レオンは黙って街を見つめた。
遠くの光が、胸の奥の罪悪感を照らすように滲んでいく。
「俺は……」
何かを言いかけたが、言葉が出なかった。
「いいんだよ、若いの。生きてりゃ、やり直しはきく」
ブラムの声が、妙に優しかった。
馬車の車輪が、乾いた土を踏みしめる音だけが響く。
レオンは握りしめた剣の柄を見つめた。
錆びた刃ではなく、村で託された新しい剣。
それは、まだ彼の手に馴染まない――けれど、不思議と温かかった。
丘を越え、陽光に包まれる瞬間、レオンは小さく息をついた。
そして心の中で呟く。
――俺はどうしたいんだ。
レオン、ついに新しい地へ。
何もかもを失った彼が、次に出会うのは「生きる理由」かもしれません。
次章は、冒険者の国「アデランテ」での新たな出会いと始まりを描きます。
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