7話 ファイツ君は謎いっぱい?ね、ルー君?
「……あっ!おはよう!シイナさん!」
「おはようございます。ファイツ君、ルーカス君」
次の日、十分前に男子寮へ行くと既に二人が待っていた。
「今日は誘ってくれてありがとう!シイナさ、あっ!……シイナ様」
「え?」
え、突然なに?シイナ様?
「あの、その、ボク、貴族の人と話したことがなくて……。あの、無礼な話し方しちゃってごめんなさい……」
ああ、そういうこと。敬語じゃないからわたしが怒るなんて思われたのかしら。
「そんなこと気にしなくていいですわ。だって、わたし達はクラスメイトなのですよ。上も下もない。普通に話してくれていいし、様なんて要らないわ」
「ほ、ホントに?」
パッとファイツ君の顔が明るくなる。これだけでこの笑顔が見れるなら、いくらでも好きに話してくれていいわ。
「じゃ、じゃあ、なんて呼べばいいかな。シイナさん?は、ちょっと他人行儀かな?呼び捨てはあれだし……、……シーちゃん?」
「シーちゃん?」
シーちゃん?わたし?……わたしのあだ名?
「あっ、ダメなら別の……」
「全然、全然いいっ!それでいいの!」
「え、いいの?じゃあ、シーちゃん!」
いい!むしろ、一回聞いたら、もうシーちゃん以外考えられない。
「じゃあ、わたしも、ファイ君……、ファー君、……ファイツ君ね」
「そのままだった」
ファイツ君ってなんか他の言い方呼び辛いわね。いえ、ファイツ君で既に完成しているということね。
「全然いいけどねっ!あ、じゃあ、ルーカス君はルー君でいい?」
「え、俺?」
ル、ルー君……。いえ、笑ってはダメよ。そんな可愛いの似合わないとか、そんなのじゃないわ。
「……まあ、いいけど」
いいの!?駄目って言うと思ったのに。
「んふふ、じゃあ、ルー君ね!二人とも、よろしくね!」
「ええ!」
「はいはい」
それぞれの呼び名も決まり、街巡りへと歩き出した。
「すごいよね、この街って。山みたいだよね」
この街の作りは少し特殊。大きく分けて上中下と分かれる。一番上に学園や寮があり、真ん中辺りは学生向けの店があり、麓には住宅街や一般的な商店が並ぶ。本当に山の様に街が作られている。
「あっ、すごい!お店がいっぱいあるよ」
寮から綺麗に舗装された石畳の坂道を歩くこと数分、お店が並ぶ通りに出てきた。白を基調とする建物が並び、どこも上品な感じのする店構えね。
「なんかいい匂いするね。あ、あれかなー?」
漂う甘い匂いの先には、一軒のお菓子屋があった。どうやらクレープを売っているみたいね。甘い匂いはクリームやフルーツなどの匂いかしら。
「へーおいしそー。ひとつく……5000ルピー!?」
ひとつくださいと言いかけたファイツ君が、途中で驚愕の声をあげる。クレープひとつ5000ルピー。
「え、あれ、こういうのってなんか500ルピーぐらいじゃないの?」
「一般的にはそうですわね。……材料が、最高級メロン、希少小麦の生地、最高金賞受賞の牛乳。どれもこれも高そうね」
材料の説明が書いてあったけれど、少し見ただけで全部高い材料を使っているんだと推測できる。あの学園の人はそういうのうるさいからね。
「ええ……、そんなの買えないよ……」
「この辺りの店は学生向けなんだよ。下の方行ったら、俺達向けの店がある。クレープ屋も確かあったぞ」
「そうなの?よし!じゃあ、下の方へ向けて出発!」
がっかりするファイツ君へルーカス君が声を掛ける。下に行けば、安いクレープ屋があると。それを聞いて、わたし達の行き先も決まった。
「詳しいのですね」
「あー、親が学園関係の仕事してたからな。よく付いて来てた」
「ふーん、そうなのですね」
ルーカス君の親が学園関係の仕事をね。それに付いて来てたから、この街にも詳しい。筋は通ってるわね。筋は。
「そう言えば、お二人はどうしてこの学園へ来られたのですか?」
三人で下へ向かって歩く。下へ行くほど生徒はいなくなるから、こういう話だって話しやすい。
「俺はし……けんに受かったから来た」
「試験?一般入試ですか」
この学園に来る生徒のほとんどは推薦枠。推薦と言うより貴族枠だけど。わたしもこの枠で来た。
それとは違い、誰でも受けられる入学試験を合格して来るのが一般枠。一般枠というが、実際はほとんど居ない。学年に数人いるかどうかぐらい。それに受かるぐらいなんだから、相当優秀なのだろう。アルディアーノの侵入にも気づいていたのだから。
「ボクはねー、誘われたから」
「誘われた?どなたにですか?」
「学園長」
「学園長に!?」
学園長直々に推薦を?それってすごいことなんじゃないかしら。この学園の学園長と言えば、イリアス=ノヴァと共に前魔王を撃退した英雄。そんな人から直々に推薦って、ファイツ君はとんでもない存在なんじゃ。
「へー、学園長から直々になんてすげぇなファイツ」
「……それがねー、よく分からないんだ」
「よく分からない?何が?」
「なんで誘われたのか」
腕組みをして、うーんと頭を揺らすファイツ君。自分でもよく分かっていないの?
「君にはすごい力があるから、是非うちの学園へ来てくれって言われたんだけどね。結局、何の力があるか教えてくれなかったんだ」
「ええ……。では、スカウトされた時の状況はどんな感じだったのですか?」
謎を紐解くのなら、当時の状況を知れば分かるかもしれない。思い出してみて。
「うーんと、水を汲みに行く途中で、一匹の猫が数匹の犬に襲われてるのに遭遇したんだ。それで、助けようとしたんだけど、ボク弱っちくてさ、全然追い払えなかったんだ」
ファイツ君は思い出す様に語りだす。当時の状況、猫の救出劇を。
「空のバケツ振り回しても犬達は全然逃げてくれないし、猫は弱っていたから逃げれないしで、すごいピンチでね。なんとか猫に逃げてもらいたかったんだけど、怪我してるのか動けなさそうで。もう、頑張れって励ますことしか出来なくてね」
バケツを振り回し退治を試みるファイツ君を想像する。……失礼だけど、弱そう。わあーって言いながら困り顔で振り回してそう。弱いって、犬も多分分かっていたんでしょうね。
「でもね、突然猫がすんごい元気になってね。あっと言う間に犬達を追い払っちゃたんだ」
「突然?」
「うん、突然。それまでは、動くのも大変そうだったのにね。ちょっと休んで元気になったのかな?ニャーッってすごい速さで動いてさ。引っ掻いたりして追い払っちゃった」
ニャー!と当時の猫の様子を体で表現するファイツ君。やだっ、カワイイ。こんな子なら捕まえたい、じゃなくて。話を聞かないと。
「すごーい、でも、怪我してるし手当てしてあげないと、なんて思ってたらね。そしたらね、これまた突然、声を掛けられてね。それが学園長だったんだ。で、さっきの話の学園来てって言われたけど、ボクの家そんな裕福じゃなくてお金無いからって断ったんだ。じゃあ、全額免除でいいよって言われて。それじゃあ、行くって感じで決まったの」
緩い感じの説明を受けたけど、結局よく分からなかったわ。ファイツ君が何故、学費全額免除までされるスカウトを受けたのか。猫が関係あるのかしら?
「……ふーん。よく分かんねえけど、あのジジイがそこまで言うぐらいなら、何かあるんだろうな」
「そーなのかなぁ?でも、ボク運動も魔法もそんな得意じゃないよ」
なんか謎が深まっただけのような。でも、ファイツ君には学園長お墨付きの力があることは分かったわ。
早速良い収穫になった。さて、メインも収穫をしたいところね。