3.5話 報告:勘でございます。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
お嬢様を入学式会場へ送り届けた後、執事としての仕事が始まります。何とっても今日は初日、一番忙しい日と言えるでしょう。
「ここがこれから生徒とあなた達が生活をする寮です」
入学式から寮へと移動し、まずは説明を受けます。寮のルール、設備、道具の保管など、寮における様々な説明を受けました。
この説明が終わった後は、各部屋にて掃除や荷解きを行います。
広いお部屋ですね。キッチンやお風呂などの水回りはリビングと分かれており、寝室も別室。一般的な賃貸よりも広く充実しております。備え付けの家具も全て上等品ですね。お嬢様が家でお使いの物よりも上等でございます。流石は貴族御用達学校ですね。
さて、お嬢様達は今頃、入学式が終わった頃でしょうか。お嬢様は初めて大きな学校で過ごされるのですが、大丈夫でしょうか。少し心配ございます。
荷解き、は後でやるとして、お嬢様の様子を見に行きましょう。
執事たる者、いついかなる時でも、主の元へ駆け付ける必要がございます。空間転移は執事の必須スキル。では、少し失礼いたします。
「簡単でいいから自己紹介ねー」
おや、丁度自己紹介の時間でしたか。これはナイスタイミング。教室の一番後ろに転移し、完璧に気配を消して見学いたしましょう。
……と思いましたが、さすがは国中の優秀な人材が集まる学校ですね。私の侵入……、もとい見学に気付いている方が何名かいらっしゃいます。しかし、完全にバレているわけではなさそうですので、このまま見学いたしましょう。お嬢様の勇姿を見届けなければ。
その後、自己紹介が進んでいきました。中々、個性的な方が多いご様子。おや、サイテの自己紹介ですか。家しか自慢することがないのですね。
そして、遂に訪れたお嬢様の番。お嬢様、そのお姿しかと見届けさせていただきます。……撮影も開始せねば。
「わたしはシイナ=スノーガーデン。趣味は畑作業ですわ。好きな食べ物はお芋。最近楽しかった事は、近所の子供達と泥遊びをしたことです。仲良くしてください。よろしくお願いいたします」」
ブラボー!!
なんて素晴らしい自己紹介でしょう。発声、表情、姿勢、どこを切り取っても素晴らしいの一言に尽きます。内容も実にお嬢様らしくて素晴らしい。顔まで泥だらけになりながら、子供達と遊んで差し上げているお姿が思い描かれます。侵入でなければ、盛大な拍手を送っていたというのに。
ふぅ、ひとまず満足いたしました。この後も、お嬢様のお姿を眺めていたいのですが、さすがに怒られそうですので退散いたしましょう。
そして、寮に戻ってきた私は、お嬢様の実家のお部屋から家具や服などを転移させ、荷解きを3秒で終わらせました。
しかし、その後も使用人は大忙しです。何故ならご夕食の準備をしないといけないのですから。
寮ですので、寮専属のシェフは存在します。しかし、ここはお貴族様御用達学校。寮のシェフなど信用出来ない、もとい、嫌いな物を出されるのは嫌と我儘なお子様達の為に、使用人が料理を作る必要が出てきます。
その後は、入浴のお手伝いもございます。貴族の方は自分一人で入浴をされませんので、服を脱がせ、体や髪を洗い、水分を拭き取り、服を着せる。諸々のお手伝いが必要となります。
その為、使用人は荷解きもし、料理も行い、着替えや入浴の手伝い、さらに明日のスケジュール管理など生活のほぼ全ての手伝いをしなければいけません。大変でございますね。
「そして、全てを終わらせて今、お嬢様へお茶を淹れ、本日の報告をしているわけでございます」
「……ダウト」
おや、眉間にシワを寄らせて。何やらご不満なご様子。そのお顔も美しいですが、シワが残っては大変でございますよ。
「荷解きはやってくれていたけれど、わたしは寮の食事を食べたし、着替えも入浴も一人でやったし、スケジュールももちろん管理してるし、貴方他は何もしていないじゃない」
おやおや、これはこれは。……痛いところを突かれましたね。
「っていうか、貴方やっぱり教室に入ってきていたのね。なんか居るなと思っていたのよ」
「おや、流石はお嬢様。完璧に気配を消したこの私に気付かれるとは」
「何年の付き合いだと思っているのよ。それより、貴方の侵入に気付いた人がいるって本当?」
お嬢様の興味が移り、助かりました。危うくお叱りを受ける所でした。
「ええ、本当の事でございます。気付いたのは三人。まずは、ご担任のメイ=フィズマ様」
お嬢様のクラス担任であるメイ=フィズマ様。彼女は何かいるのかなという感じで、キョロキョロされておりましたね。
「二人はユウヤ=ヨルトノ様。彼は底知れぬ力を感じますね。まるで、この世の理から外れた存在の様に」
同じ新入生の男子生徒ユウヤ=ヨルトノ様。彼は不思議な存在ですね。まるでこの世界の人間ではないかの様。彼も私に気づいていました。そして、一瞬目が合った気もします。気のせいかもしれませんが。
「最後にルーカス=ウィル様。この方は素晴らしいですね。私が見ている間、一切の隙が見当たりませんでした」
同じく新入生男子生徒ルーカス=ウィル様。一切の隙が無く、私が少しでも何かしようとしたら、即座に攻撃を受けていたでしょう。まるで、私の知るあの人物の様でした。強者であることは間違いございませんね。それに、
「そして、この方は過去の経歴が一切不明でした」
「一切不明?」
「ええ、生まれも育ちも、家族や友人関係があった人物など、調べても何一つ出てきませんでした」
私は入学式以前に、全ての学園関係者のことを調べました。その中で唯一、全く情報が出て来なかったのが彼でございます。
「……魔族が人間に成りすましていることは?」
一部の魔族は人間へ変身することが出来ます。私も普段は人型を取っております。まあ、私の場合は元も人間に近しい姿ですが。
「いいえ、それはありません。彼は人間でございます」
魔族が変身しているのならば、私はそれを見抜くことが出来ます。私が見た結果は、彼は間違いなく人間でした。
「では、魔族が送り込んだ人間とか?子供の頃に拐われて、今送り込まれたから、経歴がないとか」
「それも無いと思われます。彼から魔族の匂いはしませんでした」
お嬢様の鋭い推理は流石でございます。しかし、今回は外れの様です。
魔族と関わりがあるのでしたら、魔族の匂いがします。しかし、彼はその様な匂いがしませんでした。
「じゃあ、本当に正体不明ってことね。何か目的があるのでしょうから、要注意ね」
カップへ口をつけながら、思案されるお顔のお嬢様。凛々しいでございますね。
「しかし、彼はきっとお嬢様の力になってくれるはずでございます」
「それは何故?」
「勘でございます」
「え?勘?」
お嬢様が目を丸くされて、こちらを見つめられています。可愛らしいですね。いつも凛としたお姿、であろうとされていることが多いので、中々レアなお顔でございます。
「勘でございます」
「いえ、うん、聞いたけれど……。貴方が勘なんて言うの初めて聞いたわ」
「そうでございましたか。確かな情報が無い中で、何故かそう思えましたので、これは勘かと」
「ま、まあ、それはそうね」
確かに、勘という言葉は久方ぶりに使った気がいたします。調べれば、大抵のことは答えが出てきますので。
「もちろん、信じるも信じないもお嬢様の自由でございます。ご自身で選択下さいませ」
「分かってるわ」
さて、これにて報告は以上です。そろそろ、お休みの時間です。夜更かしはお肌に悪いといいます。
では、ごゆっくりお休み下さいませ。