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1話 物語を始めましょう

「ざまぁ、よ」

「……は?」


 パタンと本を閉じ、呟く。


「貴方知らない?ざまぁ」

「……ざまを見ろ、でしょうか」


 二人しか居ない部屋の中。椅子に座り、本を読んでいたわたしと、新しい紅茶の用意をしていてくれた執事。静寂だった空間に会話が生まれた。


「言葉的にはそうね。でも、今言っているのは少し違うわ。例えば、この本」


 執事へ持っていた本を渡す。それを手に取り、彼はパラパラと中を読み流す。

 相変わらず、見た目だけは綺麗ね。

 執事であるアルディアーノは整った顔立ちに、スラッと長い手足。漆黒の黒髪、黒目は見る人の目を集めるだろう。

 今も本を読む姿は美しい。見た目だけは。


「この本の物語を要約すると、主人公が理不尽な理由で婚約破棄をされ、祖国からも追い出さてしまうけど、新たな国で王子様に見初められ幸せになり、追い出した悪役は王子様により悪事が暴かれ没落していって、ざまあみろといった内容よ」

「……はあ」


 パラパラと流し読んで、パタンと本を閉じる。もう内容を読み終わったらしい。


 巷で流行っていたこの小説。これを読んで、わたしはひらめいた。


「ピンと来ないようね。では、わたしにこの物語を当てはめてみなさい」


 返された本をアルディアーノへと向けて見せる。わたしをこの物語の様に書き綴れば、いったいどういう内容になるのでしょう。


「では、まずはお嬢様の現状から。シイナ=スノーガーデン。十五歳。伯爵家スノーガーデン家の一人娘。幼さは残りますが、凛とした顔立ちは美しく、淡い茶色の長き髪をリボンでまとめているのが特徴的です。絶世の美女と言っても差し支えがないでしょう」


 そんな贔屓目でわたしの容姿を説明して、わたしをからかっているのかしら?多分、そうでしょうね。わたしが困ったり恥ずかしがる姿を面白がっているんだわ。この執事は。


「そして、四月より王国立ウィルド学園へ入学予定。卒業後は四大貴族であるテルノ家次男と婚約が決まっております」


 アルディアーノがわたしの現状を説明する。ええ、まあ、なんてことない政略結婚よ。


「そうよ。わたしは卒業後婚約が決まっている。でも、相手はいい家に生まれただけで威張り散らし、周りをゴミと思っている最低野郎。まるでこの物語の悪役の様。きっと薬が手に入れば、用済みと捨てられ、家まだ潰されるかもしれないわ」


 返してもらった本をパラパラとめくる。物語の悪役はそういう役だからいい。悪役がいるからこそ、主人公が輝く。現実には役なんてないのに、何故あいつはこの悪役のようなのでしょう。


「しかし、お嬢様。身分で言えば向こうの方が圧倒的に格上。スノーガーデン家も貴族でありますが、辺境の男爵家。対する、テルノ家は侯爵。王国内最上位クラスの四大貴族と呼ばれるうちの一つ。結婚を断ることは難しいでしょう」


 貴族の世界は地位が全て。クソ野郎でも地位が高ければ、誰も逆らえない。いつだって、選択権を持つのは強者のみ。


「そう。だから、向こうから断らせるの。婚約破棄ね」


 でも、こちらにだって切れるカードはある。ゲームの結果は向こうが決める。それなら、ゴールへ導くカードをうまく切ればいいのだ。


「……しかし、お嬢様。仮に婚約破棄が出来たとしても、それは新たな争いの火種となるだけでは。あちらの狙いは、スノーガーデン家が保有する秘伝の薬でございましょう。断れば、力尽くで攻めて来るのでは?」


 わたしと婚約を結び、関係者となることで、我が家の秘伝の薬に関わることが出来る。それにより、莫大な利益を得ることが彼らの目的。そして、それを得る為ならば、彼らは手段を問わない。


「そうね。わたしが婚約することになったのも、向こうがそれを示唆してきたから。……婚約が決まった時は、お父様に泣かれて謝られたわ」


 テルノ家は四大貴族でありながら、黒い噂が絶えない。競合や対立する者の失踪等は今までいくつも起きてきている。しかし、その全てが闇に葬られ、テルノ家に楯突く者は全て消される。これが世間の認識となっている。


 相手は腐っても四大貴族。その武力は凄まじい。圧倒的な規模で攻め込まれば、この家などひとたまりもないでしょう。


「では、如何なさるおつもりですか?」


 アルディアーノがわたしを見つめる。この執事は賢い。人智を超えた知能や能力を持っている。


 でも、次のわたしの発言は予想だにしていなかったようで。


「魔王を倒すわ」

「……………………お嬢様、気は確かでしょうか?」


 まるでわたしが頭のおかしい人、みたいな目で見てくる。主をなんて目で見ているのかしら、この執事は。


「大丈夫よ。だって、そうじゃない。人類を苦しめる魔王を倒せば、私は英雄よ。その英雄の家を攻撃なんて出来ないでしょう?」

「……それはそうかもしれませんが」


 古くから人類と魔族は争っている。最近は少ないが、昔は大規模な戦争も度々起こっていた。

 その魔族のトップが魔王。その魔王を倒せば、わたしは人類の英雄となるはずよ。


「その小説にだってあったでしょう。新たな国の王子様という盾を得て、反撃をした。わたしにはそんな王子様はいないから、自分で用意するのよ。魔王討伐という盾を」


 いくら四大貴族と言えど、人類の英雄を相手に、難癖つけて戦いを挑むことなど出来ない。そんなことすれば、国中が彼らの敵となるのだから。さすがの四大貴族でもそんなことは出来ない。


「それに、婚約破棄した相手が英雄になってみなさい。あいつのメンツは丸潰れよ。ざまぁってね。ふふっ、一体どんな顔をするのかしらね」


 婚約破棄をした相手が人類の英雄に。見る目が無いとしてあいつのメンツは丸潰れ。それどころか、英雄に婚約破棄をしたテルノ家として、テルノ家全体にダメージを追わせられるかもしれない。ふふっ、そうなればこれ以上にない「ざまぁ」になるわね。


「しかし、お嬢様。いくらお嬢様と言えども、魔王を倒すと言うのは厳しいかと」

「そうね。私だけじゃ到底無理だと思うわ。でも、貴方もいるじゃない」

「……私ですか」

「そう。貴方にとっても悪い話じゃないんじゃない?前魔王の右腕さん」


 この執事、もとい前魔王の右腕アルディアーノは、現魔王の裏切りにより、魔界から追放された。その後、色々あって今はうちで執事をしているわけだけれど、その力は今でも衰えていない。最強の執事ね。


 彼にとっても悪い話ではないはず。忠誠を誓っていたのは前魔王であり、現魔王には恨みしかないことを前から聞いている。win-winじゃないかしら。


「……それでも、お嬢様と私の二人だけというのは、やはり厳しいでしょう」

「ええ。だから、これから丁度いい場所に行くでしょう?貴方ももちろん付いて来るのよ」

「……これからの場所へ、私がですか」


 これからのわたしの予定。四月から向かう絶好の場所。


「そう。ウィルド学園。国中から有望な若者が集まる学園。お手伝いも一人なら連れて行って構わないのだから、貴方が来なさい」


 王国立ウィルド学園。国中から優れた若者が集う、最高の学びの場。全寮制の学園で、生徒のほとんどは、有力貴族家の子供。だから、一人で生活が出来ないお坊ちゃん、お嬢さんの為に、お手伝いを一人だけは連れて来ていいというルールになっている。


「……私は一応、男性に当たるのですが」

「いいのよ別に。女生徒が男性執事を連れて来てはいけない、という規則は無いわ。それに貴方の仕事は私のお世話じゃない」


 貴族と言えど、辺境貴族のわたしは生活がほとんど平民と変わらない。どこぞのお坊ちゃん、お嬢様と違い生活ぐらい一人で全部出来る。だから、アルディアーノに求めるのは別の仕事。


「探すのよ。有望な人間を。魔王討伐の戦力を。生徒でも教職員でも何でも構わないわ。貴方のその目で、使える人間を探しなさい」


 魔王討伐の為に使える人材を探す。それをするのに最高の環境がこれから待っている。これを使わない手はない。


「わたしはこの三年間の学園生活によって、婚約者であるサイテ=テルノに見限られるようにするわ」


 婚約破棄をさせるには、こいつと婚約したくないと向こうに思わせないといけない。学園にはあいつも同時に入学する。三年間であいつに嫌われるしかない。


「そして、貴方は探すのよ。魔王討伐の人材を。確実に倒せると言えるメンバーを揃えなさい」


 魔王討伐を叶える為に、使える人材を探す。そして、婚約破棄直後に魔王を倒す。婚約破棄の時期をコントロールしつつ、魔王を倒す。難題なのは分かっているけれど、やるしかない。


「……かしこまりました。それがお嬢様の望みであれば」

「期待してるわよ、アルディアーノ」


 わたしの「ざまぁ」物語が始まった。


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