禁断の力なんて聞いていません。
「……主様。そろそろ、墜ちた勇者ナカムラを異端審問にかけ討伐隊を派遣すべきかと愚考いたしますがいかがでしょうか。」
「ああ、例の〝運命を操る能力〟を祝福として渡した勇者ですか。」
「勇者ナカムラの送り込まれたカリフの異界はただでさえ魔素の濃度が濃く、居を置く魔族も強力です!同志たちは迫害を受けており、一刻も早い奪還が必要でしょう。然るに賭博に耽り勝った金で豪遊し、女をその能力で侍らせ、剰え魔族さえも女性であれば抱くという悍ましい真似をしているのです!これが背信でなく何と呼べばいいのですか?」
愛と呼べばいいのではないでしょうか。……なんてキザな台詞を吐こうものならばアムちゃんは怒りのあまり血管を破裂させ死んでしまいそうだ。そもそも〝運命を操る能力〟で自分の好き勝手に恋慕させた存在を愛という言葉で括るのはあまりにも倒錯的というものだ。
「しかし討伐隊を編成したところで、わたしの与えた祝福を持つ勇者。……倒せますか?」
うっ、とアムちゃんは言葉を詰まらせる。〝運命を操る〟なんて大層な名前を付けたが、正確には機序が違うものであり、万能ではない。その能力は自分の知性と常識の範囲でしか通用しないし、想像も及ばない到底信じがたい事象には能力が発動しない弱点がある。
しかし自分を始末しに来た女神の軍勢とは〝想像も及ばない到底信じがたい事象〟というほどの脅威になりえるか。……答えは否だろう。
「確かに大変羨まし……想像とは異なる勇者に有るまじき行動をとっておりますが、こちらが勝手に能力を与えておいて、思い通りに動かないから消すというのは身勝手が過ぎるでしょう。カリフの街には別の勇者を送りますので、勇者ナカムラには酒池肉林を楽しんでもらいましょう。」
自分で言っていて腹が立ってきた。ほぼ一日中を玉座に座り続ける無味乾燥としたわたしの生活と入れ替わってほしい。
「今更な質問で申し訳ないのですが、〝魔素〟とはどのような物質なのですか?」
「はい、魔族を構成する生命の源であり、奴らが邪術を駆使する上でも重要なファクターです。」
「わたしたちでいう〝聖素〟のようなものですか。」
「かなり性質が違います。我々神族は生まれつき膨大な聖素を内包しており、内なる力から魔術や奇跡を実現させます。しかし魔族は自身を構成する魔素から邪術は扱えず、大気中に存在する魔素を錬成し邪術を扱います。だからこそ我々の行う魔素を回収は、魔族の新たなる誕生を阻害するとともに、弱体化せしめるために大変有効なのです。」
なるほど、確かにわたしも勇者に祝福を渡す際、内なる能力が顕現する感覚を覚える。
「では神族は大気中に聖素が無くても魔法を駆使できて、魔族は魔素が無くてはその力を十分に扱えない……。魔素がない空間では神族が圧倒できるということですか。」
「左様です。しかし完全に魔素のない空間とはどの世界にも存在せず。各地に身を置く同志たちは苦戦を強いられております。まして一定量以上の魔素を浴びれば、我ら神族はその力が弱まり、挙句身体・精神に変調を来す呪いが掛けられております。再起不能な次元で聖素を変調させるほど魔素に満ちた土地は忌まわしきケリドウェンの魔女が支配する、奪還すべき聖地オリハルオンのみですが。」
神族は生まれながらに膨大な魔力を有しており、それを〝聖素〟と呼ぶ、一方魔力で構成されているが、空気中にある魔力を駆使しなければ魔法を使えない種族、それが〝魔族〟であると……。
わたしに一つの疑問が浮かぶ、ケリドウェンの魔女なる存在がどれほど強大な存在か知らないが、すべての異世界を魔素で満たすなんて真似が可能なのだろうか?少なくとも同格として扱われているわたしには〝世界の全てを聖素で満たす〟なんて真似は出来ない。自分が出来ないから相手もできないと断じるのは愚かなことだが、〝奴らとて無から存在を生み出すことは出来ない〟とはアムちゃんが言っていたことだ。
我々が〝魔素〟と呼ぶ存在には別の名前があるのではないだろうか?それこそ〝魔力〟だとか〝МP〟だとか。生前拗らせたゲーム脳だと言われればそれまでだが、アムちゃんたちが〝魔素〟と忌み嫌う存在を、わたしは同じように憎むべき存在と認識できなかった。むしろ〝魔法を扱う材料〟と聞いて興味を深めたほどだ。
……この世界に来てから悩みと嫉妬の連続だ。わたしが望み焦がれた冒険活劇は〝わたしが与える能力者〟が行い、わたしはただ椅子に座る毎日。かといって与えられた使命、〝神族と共に約束の地を奪還する〟という事柄も話を聞けば聞くほど疑念が生じ、アムちゃんを筆頭とした女神たち(アムちゃんは女神じゃないが)と同じ熱量で聖地の奪還とやらに興味を持てない。
正直に言うと、窮屈な毎日だ。
いっそわたしが異世界に降り立って「光あれ!(決め台詞)」という魔法の一撃で魔族を一掃してくれと願ってくれたならばどれだけ楽だろう。しかしわたしの役割である〝主様〟とは万に一つも失うことが出来ない存在らしく、危険な目に遭わせるなどとんでもないというのが目下女神たち共通の認識だ。〝導きし者〟ではなく〝幽閉されし者〟に名前を変えた方がいいんじゃないか?
「そういえば前回送り出した勇者フルキはどうしていますか?〝願いが叶う能力〟……だったでしょうか。」
「最初は不安でしたが、思ったよりも堅実に冒険を進めておりますね。現地の有力な実力者たちと恋慕の情で絆を結び、自分になかった魔法や剣技を力として、既に一つ目の都市を攻略しようとしております。」
女騎士に女魔法使いでハーレムパーティーだと!?あの豚野郎、今すぐ祝福を回収してやろうか?
「そ、そうですか。しかし〝運命を操る能力〟と〝願いが叶う能力〟……どちらも似ているように思えますね。どちらも誰もが羨む能力です。以前〝運命を操る能力〟の弱点は、自分の知性と常識の及ぶ範囲にしか効果を発動出来ない事と、思いも拠らない到底信じようのない事象には能力が発動しないという弱点がありましたが、勇者フルキの場合は?」
「はい、彼の能力は正確にいうならば〝ゲーム理論において戦略的相互依存関係における最適解の均衡を超越する能力〟……その可能性が0,00000001%でもあったならばその可能性を実現させてしまう能力となります。しかしその可能性が0%であるならば能力は発動いたしません。また本人が〝これは不可能だ〟と自覚した時点でも能力は意味をなさないものとなります。」
「なるほど、つまり抗う心すら完全にへし折られるような敵と対峙したならばそのまま討ち取られてしまうと……。」
というかあの汗くさい太った不細工な男と異世界の美少女が恋仲になる確率は0%じゃないんだな。てっきりわたしは0だと思っていたよ。というか0であれ!
「そうなりますね、なのでフルキのような精神的に脆弱な者がこの能力を持つことにわたしは不安を覚えましたが、観測する限り、彼の自己肯定感は日々増しているように思えます。この自己肯定感の上昇と能力は相乗効果となりフルキの能力は指数関数的に増していくくことでしょう。」
そりゃうだつの上がらない三十路間際の男が異世界の美女・美少女にチヤホヤされて俺TUEEEEEしていたら自信だってつくさ。ああ、妬ましい。
「主様、お手数ですが召喚の儀式の時間に御座います。」
「ああ、今回は随分と早いですね。勇者フルキに祝福を与え3日しか経っていないというのに。」
召喚の魔法陣は気まぐれだ。アムちゃん曰く神族の力を以てしてもコントロールできないという。淡い光から現れたのはどうやら日本人ではないようだった。西洋風の女性であり、くっきりとした目鼻立ちをした美女だ。まぁこれまで6人の勇者(一人はあまりにも規格外すぎて未遂)に祝福を与えてきたが全員日本人という方が確率的にどうかしているか。名はダニエラ・バルカ、死因は毒死……毒死?このご時世に何があったのこの子。
まぁ例によって狼狽している女の子に(言葉が通じるか不安だったが、どうやらこの空間は言語の壁というものを超越したものらしい)悪しき魔女か、その眷属たる魔族を倒して勇者になってほしいという説明を行う。ダニエラという少女はその電波じみた説明に訝しむ様子もなく、目を燦然と輝かせていた。何この子怖い。
「では異世界へ赴く貴女へ祝福を与えます。貴女へ与える祝福は……【目に写したあらゆる情報を分析できる能力】です!」
「「「 ……。 」」」
3人が一斉に沈黙する。いつものように意味が分からない能力だからではない。アムちゃんを見ると全身が硬直し、冷汗を流している。この能力の持ち主がどのような末路を辿ったか、わたしはアムちゃんから3日前に聞いた。
……それは1700年前、唯一神族への反逆者を作り出したという禁忌の能力だった。