神族同士の争いなど聞いていません。
「アムちゃん何だかイライラしていますね。」
「それはそうです!〝運命を操る〟なんていう類まれな能力を主様より賜りながら、あの下劣な勇者と来たら異界で賭博に耽溺し、小銭を稼いで女を侍らせ遊び三昧!たまに魔族の討伐に出たかと思ったら魔族が女ならばそれすら抱くという悍ましい真似をしているのです!これでは魔素の回収の当てになどなりません。まして想像するも憚ることですが、魔族と子を成したとなれば、それは主様への冒涜です!」
そりゃあそんな能力持っちゃったら、わたしだって世界の平和よりも私欲を満たすことに全力を尽くすさ。いいなぁ、羨ましいなぁ。勇者を駒として扱うのが嫌だからオリハルオンに降り立たせないで、魔素の回収業務として別の異世界に送り出したけれど、失敗したかな。もっと過酷な運命に曝した方がよかっただろうか。どっちの結果を聞いても後悔する。二重拘束ここに極まれりだ。
「とはいえ彼は既にわたしの手を離れたのです。一度与えた能力を回収する術を持たない以上、〝勇者〟を討伐するため別の〝勇者〟を作るなんて非効率で無慈悲な真似は好みませんし、好きにさせましょう。」
「……主様がそう仰られるならば。」
わたしはアムちゃんへ嘘をついた。わたしは〝勇者〟に与えた能力を回収する術を持っている。どうやるか?『えい!(羨ましい妬ましいふざけんなぶっ殺すぞ死ねこの野郎!)』って願うだけだ。
思えば生前のわたしは、無神論者でもないが、明確に神を信仰していたわけでもない一般的な日本人だったと思う。クリスマスの一週間後には神社で願掛けをするような、そんなありきたりでありふれた人間だった。だから神様の機嫌なんて考えたこともなかったし、神罰なんて信じていない。
しかしここに転生してきた人間には【神】という能力を与えた絶対的な存在がおり、わたしの機嫌ひとつで絢爛豪華な暮らしを失う。そして魔物や魔族が跳梁跋扈する異世界は無能力者に厳しい、野垂れ死にかよくて奴隷労働だろう。つまりは生殺与奪の権限をわたしが握っていることになる。
しかし絶望の淵から頂点に立ち、再び絶望に叩き落すという、大凡残虐無慈悲な〝上げて落とす〟という真似をわたしは出来なかった。祝福とはよく言ったものだ、世界の中心はまさに自分であるという高揚の実、それは神様の機嫌という不安定で不確かな薄氷の上に成り立つ安寧だとすれば……なんて夢のない話だろう。
「それにしても〝運命を操る〟……ですか、誰もが羨む実に興味深い能力です。」
「正確には〝相関関係と因果関係の誤謬を含意させる能力〟であり、いうなれば勘違いや自分の妄想・思い込みを実現させる能力です。その力には制限があり、自分の思いも拠らない不慮の事態には対応できないですし、想像もできない到底及びもつかない事象には能力が発動いたしません。」
「では仮にわたしかアムちゃんが彼の勇者の能力を持ち、〝オリハルオンは神族の支配する世界だ〟と願ったならばどうなるでしょう?」
「主様ではわかりませんが、わたくしの微力ではその能力だけで聖地の奪還は叶わないでしょう。2000年に及ぶ流浪、未だ魔素に侵された聖地へ神族の誰も足を踏み入れることさえ出来ない事実……。これらの認識が邪魔をして、因果律を流転させることは出来ません。」
なるほど、〝自分の思い通りになる能力〟の弱点は、〝能力者の知性と常識の及ぶ範囲にしか実現されない〟ということと、〝不慮の事態に対応できない〟ことか。何だか能力は違うが、心を読む妖怪として知られるサトリの弱点は、無意識な行動であるという昔話を思い出した。
「そういえば主様、フランク財閥についてお話は聞いておりますか?」
「フランク……?いいえ、初めて聞く名前です。ハルファなる金融団体が当地の財務大臣に息を掛けたという話は伺いましたが。」
「また別の団体であり、ハルファよりも悪辣な組織です。聖地より離散を余儀なくされた我々神族ですが、恥ずべき事に聖地奪還の悲願を諦め愚かに暮らす背信者は少なくありません。フランク一族はその見本ともいうべき存在であり、高利貸しを生業とし、卑劣な手段で財産を得ている神族の面汚しです。」
「高利貸し……ですか。」
「今や侵された聖地オリハルオンも含め、多の異界において、魔女ケリドウェンは己の傘下である火・水・土・風の4名の家臣をそれぞれ神と定め、〝四大神〟と定義し偽りの信仰を流布しております。その教義の中には〝利息を取るべからず〟というものがあり、奴らはその教義の隙を突いて貸金業務を独占。今や巨万の富を築いており、忌むべきことに、最近になってケリドウェンの眷属たちと友好関係を結び、資本出資を行っているというのです。」
「我々が居を置くアリオンにその影響は?」
「今のところはございません。奴らもアリオンが我々の拠点と知っているので、無暗な軋轢はご免被るのでしょう。商売人に墜ちた面汚しらしい合理的な考えです。」
アムちゃんは怒り心頭と言った様子だが、わたしはそこまで嫌悪感を覚えなかった。それは彼らなりに聖地を奪還するため〝資本〟の力で橋頭堡を築き上げて、ケリドウェンの魔女やその眷属たる魔族たちと手を結ぼうと考えているのではないだろうか?
「そうですか。もしアリオンの地に悪影響を及ぼすようならば対処が必要ですね。対応は任せます。」
「はい!この命に代えましても!」
海千山千の財閥が相手となればわたしに出来ることなどない。〝交渉をお願い致します。〟なんて言われたところで慌てふためき幻滅されるのが目に見えているので、アムちゃんに全てを丸投げした。それにしてもわたしたちの生活は神族と人間のハーフに国を統治させ、その税金の一部を回してもらうことで成り立ってる。
これを〝平和な統治の対価〟と取るべきか〝税金泥棒〟と取るべきかは、判断が分かれるような気がしてならない。いっそ自分たちで生きる糧を得ている財閥とやらの方がまともなのでは?なんて考えさえ過る。
「それにしても、わたしが来てから〝勇者〟へ祝福を与える役目を一任させてもらっておりますが、他の女神から苦情は来ていないのですか?」
「何を仰いますか!エルインストに巣食う魔族を5日で一掃する痛快極まる〝勇者〟を創り出すほどの実力は誰にもございません。何より討ち取られたとはいえ、この2000年、誰も成しえなかった聖地オリハルオンへ直接〝勇者〟を送り出すという偉業!オリハルオンにおいて神族の作り出した〝勇者〟が聖地で魔族を討伐したことは奴らにとっても大きな楔となったことでしょう!」
「そうですか……。何度目の確認になるかわかりませんが、本当にわたし如きが〝神族を束ねる者〟なんて大層な存在として呼ばれてもいいのですか?」
「〝如き〟など冗談でも仰らないでください!確かにわたくしは最初、モリー様が元人間の転生者であったという不遜な先入観からそのお姿を違えるという聖墓の守護者として有るまじき失態を犯しました。しかしこれほど膨大な聖素を扱える存在など例を見ません、何よりその性質は間違いなく代々祀られてきた悪しき魔女に弑された主様の聖骸と一致するものに御座います。」
「わかりました。何度も同じ質問をしてすみませんね。」
「いえ!わたくしに答えられることならば何なりとお申し付けください。」
ある程度神族なる種族と関わってわかったこと、それは基本的にこの種族は頭が良い。〝主様〟なんて崇められているわたしの周りを固めている者を基準にしているためバイアスがかかっているかもしれないが、基本的に離散なる現象で各異世界に散り散りとなった神族だが、どの世界においても為政者・王族には神族の息がかかっている。
もちろん魔族と呼ばれる敵対勢力も馬鹿ではないらしく、対立した国を立ち上げたり、先ほどアムちゃんから説明があったように〝四大神〟の信仰を広めることで相対的に神族の権限を貶めたりと、剣と魔法の対立だけでなく、こういった水面下での抗争があったようだ。
わたし?前世の記憶をそのまま引き継いでいるしがないサラリーマンに高尚な頭脳戦は求めないで欲しい。イジメか?
「モリー様、魔法陣が光始めました。お手数ですが、勇者に祝福を与え、その道標をお示しください。」
わたしは内心複雑な感情を宿しながら、鷹揚に頷いて魔法陣に歩み始めた。また訳の分からない能力を与える仕事の始まりだ。魔法陣から現れたのは金髪をポニーテールにした少女だった。
「なにここ……?」
「よくぞいらっしゃいました!選ばれし勇者よ!」
「選ばれし?」
なにやら交通事故で死んだらしい少女に〝悪しき魔女を倒す〟だのと言ったいつもの説明を終え、少女が困惑しながらも、第二の人生を勇者として歩むことを決心したあたりでわたしはいつもの儀式に入る。胸の内側から力を顕現させる。そうすると宝石の拵えがなされた一本の立派な剣が現れた。
「貴女に与える祝福は……相手に65536のダメージを与えるこの剣です!」
「「……?」」
少女とアムちゃんが同時に無言となり頭に疑問符を浮かべていた。それはわたしも同じで、いつものように意味の解らない能力をわたしが与え、アムちゃんが説明する流れかと思ったら、何だか俗っぽい、それこそわたしが漫画の中でみてきたような祝福が出てきてしまった。神秘的で荘厳な芸術館で、ひとつだけ幼児の落書きが展示されているのをみたような不思議な錯覚を覚える。
「ええと……。65536というのは合成数であり、2の16乗を表すもので……。二進法で表すならば10000000000000000となり……。ダメージ?ダメージというのは恐らくだが、そのまま相手に与える威力を示しているもので……。」
珍しいことにアムちゃんの方が混乱状態となっている。
「これは……アレです!凄い強い聖剣です!」
アムちゃんも混乱状態だし、わたしは頭の悪い言葉と分かっていながらゴリ押しすることにした。
「思ったよりも軽い……。剣道の心得などありませんが、大丈夫なのでしょうか?」
「そうですね、試し切りくらいしてもいいでしょう。……アムちゃん、ゴーレムをここに。」
「はい、かしこまりました。」
アムちゃんが詠唱すると、合成金属でできた人の身の3倍はあるゴーレムが現れた。少女は不慣れな様子で祝福の剣で切りかかる。するとゴーレムは真っ二つに切り裂かれ、その衝撃波は儀式の間にもおよび、あちらこちらがガラガラと崩れ落ちた。
「……なんだ!?あれほど稚拙な一撃でありながら音速を遥かに、いやそんな次元ではない。65536とは何を表す数字なのだ?Kw?いや違う。」
「この剣を持ち、貴女は女騎士となり民衆を率いなさい。そして悪しき魔女の眷属を討ち取るのです!」
「はい……。わかりました。」
「アムちゃん、彼女を剣技の発達した世界へ。それでは勇者よ、武運をお祈りしております。」
アムちゃんは未だ困惑した様子ながらも、わたしの命令に従い、彼女を騎士の身分が高い異世界へと送った。その後もアムちゃんは〝言霊に由来したものか?〟〝10進法ではないのかもしれない〟など、色々と推測しているが、その意味をわたしは知っている。
65536……ゲームの世界においてこれ以上ない、カンストした数字じゃないか!