そんな襲撃聞いていません。
【目に写したあらゆる情報を分析できる能力】
一見すれば何の変哲もない、ありふれたチート能力。しかしその意味を知るわたしとアムちゃんは、勇者として召喚されたダニエラ・バルカなる少女に並々ならぬ数奇な因縁を覚えて仕方がなかった。何しろ過去、この祝福を受け取った勇者は、1700年前にも一人居た。そして祝福を受け取った名もなき少女は魔族に寝返り、神族を打ち倒す【反逆】という大罪を犯し、今や口伝に残るのみでその正体も、反逆の理由も解明されていない。
「……ダニエラさん、ちょっと待っていてくださいね。」
わたしは嫋やかな笑みを浮かべ、緊張した面持ちで立ち竦むアムちゃんの元へ駆け寄る。
(アムちゃん、どういうことですか?そもそも一度勇者に与えた祝福が他の勇者にも渡ることなどあるのですか?)
(祝福が重複する例は稀ですが、過去にもございます。しかし不自然なのは、今まで主様が〝勇者〟へ渡してきた祝福は世界の在り方さえ変貌させる、或いは滅亡さえ容易に行えるほど強力なものばかり。にも関わらず、勇者召喚の儀式において何故このような一見すれば平凡な、それでいて最も忌むべき能力が選ばれたのか、浅学非才の身であるわたくしには理解が及びません。)
(……ちょっとこの少女に探りを入れてみましょう。)
「お待たせしましたダニエラさん。貴女はここに転生されこれから勇者となる訳ですが……。生前何をされていたのですか?」
「パクス・アウグスタを吹聴し、戦争奴隷の減少と労働力が不足から暴政を行うディオクレティアヌス率いるローマ兵を討つべく神のため戦いました。しかし多勢に無勢、ローマ兵から逃亡する日々の中、遂に我々の拠点は囲まれ、嘘か本当か、わたしの偉大なる祖先である雷光の英雄と同じく毒を呷り自決した次第にございます。」
「神のためですか……。貴女にとって神とは?」
「イエス様に他なりません!しかしわたくしは戦いに明け暮れ正式な洗礼を受けていない身……。恐らくここは生前洗礼を受けない者が送られると伝わる煉獄であり、あなたたちはその番人なのでしょう?慈悲深い神は、自死という大罪を犯したわたくしを地獄へ送らず、このわたくしに再び神のための戦いを御赦し下さり、神の御許へ行く事が約束される機会を与えて下さったのですね!」
「貴女の生年月日をお教え願いますか?」
「Aprīlis――美の女神ウェヌスの月――はMāius――豊穣の女神マイアの月――の9日前の産まれとなります。」
ダメだ、儀式の間における自動翻訳に齟齬が生じている。一つだけわかることは明らかに21世紀の人間ではない。わたしは再び「少しお待ちください。」と笑みを浮かべてアムちゃんに駆け寄った。
(どういうことですか?彼女は何時代の誰ですか?)
(彼女の話、そして与えられた祝福から推察するに、西暦300年代、つまりは1700年前の人物であると考えられます。この召喚の儀式における魔法陣が時空を超えるなど前例がありません。これはわたくしの妄想として受け止めていただきたいのですが……、彼女は1700年前に現れた【反逆の大罪】を犯した勇者そのものなのではないかと。もちろん、同じ人間が……それも一度滅んだ人間が勇者として再び現れるなどという事象も前例がございません。)
つまりアムちゃんでさえ何が何やらサッパリ分からないということではないか。〝妄想としてお聞きください〟なんて言われたが、その確率が一番高い気がしてきたぞ。
(アムちゃんは彼女をどうするべきと考えますか?)
(……もしわたしの妄想が的中していたとするならば、主様は【反逆の勇者】が何者であったのか、そして反逆の理由は何故だったのか再び我々に検証をさせる機会を下さったのだと考えます。祖先が解き明かせなかった反逆の理由。それを解明すればケリドウェンの魔女に楔を打ち込む好機となるやもしれません。)
裏切ること前提か……。
(ではどこに送り出しますか?オリハルオンの地に立たせますか?)
(誠に不本意ながらそれでは彼女が裏切りを行った場合、その身柄と情報をこちらが得る手段を持ちません。我々と魔族が争いを起こしており、いざとなれば討伐隊が彼女を奪取できる場所が適しているかと。)
(……では勇者ナカムラのいるカリフの異界はどうですか?口伝によれば人間の街がひとつ滅んだのですよね?カリフは勇者ナカムラにとって居心地の良い場所、その安寧が焼き払われるとなればその力を正常に使ってくれるかもしれません。)
(確かに、良いお考えかと。)
コホン と 咳払いをしてわたしはダニエラという少女に再び向かい合う。
「それでは勇者ダニエル・バルカ!貴方は悪しき魔女に侵されたカリフの地に降り立ち、その眷属たちを討ち取るのです!」
「かしこまりました。神の聖名に誓いまして。」
そう言ってダニエラはカリフの異界へ旅立った。もう何が何やら頭が混乱しており、横になって眠りたい衝動に駆られる。アムちゃんは早速遠視の鏡を取り出し、ダニエラの様子を観察している。
「彼女の様子はどうですか?」
「発展し栄えた街の様子に困惑しておりますね。無理もありません、彼女が1700年前の人物と推測するならば近代製鉄が芽吹き始めたばかりの世界から来たのですから。」
「そこに奇々怪々な代物で出来た街並みに魔法のある世界とくれば困惑するのも無理はありませんね。」
「しかし祝福のおかげか、どのような代物であるか一目で看破しております。予想よりも早く順応することでしょう。」
【目に写したあらゆる情報を分析できる能力】……か、一体何を見てどう分析したかノートに記すよう声をかけてから送り出せばよかった。わたしもアムちゃんも気が動転していて、そんな簡単なことにすら頭が回っていなかった。
「アムちゃん、急いてしまう気持ちはわかりますが、勇者ダニエルとて今日・明日裏切るわけではないでしょう。そもそも裏切りとて確定事項ではありません。遠視の鏡と睨めっこされていては、わたしは他の業務に支障が出てしまいます。」
「はい、大変失礼いたしました。勇者ダニエルの件は書記技能に長けた同志へ一任させていただきます。」
そうしてアムちゃんは赤の称号を冠する女神に勇者ダニエルの観察業務を託し、執事然とした様子でわたしの座る玉座の横に佇立した。……まぁ執事というにはあまりにも幼く可愛らしすぎるが。
「そういえば今更ですが、アムちゃんは幾つなのですか?」
「はい、齢35歳の若輩者でございます。」
合法ロリ……じゃなかった男の娘きたーーーーーーー。こういうちょっとしたファンタジー要素がただ玉座に座る無味乾燥とした造花のような生活の精神を安定させる一滴の水だ。それにしても神族の寿命はおよそ1000年、人間換算ならば3歳や4歳じゃないか。
「その年で団体の長を務めるというのはええっと……聖墓の守護者の血脈故なのですか?」
「はい、僭越ながら生まれながらに非常に高い聖素を内包しており、こうして浅学非才のみでありながら指導者の地位に立たせていただいております。」
「お父様とお母さまは?」
「共に亡くなっております。母はわたしを産み落とすと同時に落命いたしました。父は【繁栄の儀式】にて内包する聖素を全て同志たちに分け与え、消滅したと聞いております。」
「それは……辛いことを聞いてしまい申し訳ありません。それにしても【繁栄の儀】とは?」
「主様も薄々お気づきかと思いますが、我々神族は男性の出生率が非常に低いのです。なので神族の男性にはその晩年、己の聖素を同志たちに分け与え繁栄させる義務が課せられるのです。」
命尽きるまでって……カマキリじゃないんだから。ということはアムちゃんも晩年は死ぬまで続くオネショタハーレムが待ち受けているってこと!?何それ羨ましいような恐ろしいような……。いや、流石に恐ろしいな。というかアムちゃんは子供の作り方を知っているのだろうか。送り出した勇者が奴隷や能力で恋慕させた女性を抱いている姿は見ているし……。でもアムちゃんのことだから〝選ばれし神族があんな下賤な真似はしない〟とか本気で思ってそうだな。
「主様、ウィリアム様!失礼いたします!ベルセン方伯領に転移魔法陣が出現、魔族率いる魔物たちが都市にて魔素を振りまいております!」
「即座に討伐隊を派兵しろ!」
「……わたしも行きましょう。」
今日はツイている日だ。主様なんて呼ばれ讃えられ、ただ幽閉されるだけのわたしが力を振るうときがついに来たのだ!
「お待ちください主様。戦力を見るに攻め込んできたにしてはあまりにも寡兵、これは偵察を目的とした襲撃であると考えられます。もし主様がそのお力を発揮したならば奴らの術中、ケリドウェンの魔女が兵を率いてアリオンの地を襲撃してくるやもしれません。」
望むところだ。ケリドウェンの魔女とやらがどんな人物か知らないが、2000年前わたしと同等の能力を持ち合わせた存在を打ち倒した者。相手にとって不足なし、ようやく〝わたしの冒険譚〟が始まるのだ。
「怒りをお静め下さい主様!主様とアリオンの地を失えば……我ら神族が約束の聖地に戻ることは永劫叶わない夢となってしまうのです。」
わたしの決意が余程固いと見えたのか、アムちゃんは見た目通り子供のように泣きじゃくりわたしを静止する。……女の涙は武器とはよく言ったものだ(アムちゃんは男の娘だが)。急速に高揚感が静まり、頭が冷えていく。このままアムちゃんを蹴り飛ばして自分の我を通す気にもなれず、踵を返して玉座に戻り、不機嫌を隠さず座った。
「討伐隊でどうにもならないようならば、改めてわたしが出ます。また民への被害が甚大であると判断した時も同じように動きますので。」
「ご安心ください。先も申しあげます通り、襲撃してきた魔族は魔物を連れた尖兵と呼ぶにも烏滸がましい弱小な寡兵に過ぎません。恐らくは主様の御造りになられた〝勇者〟があまりにも強大であり、ケリドウェンの魔女たちも主様の復活という可能性にいきついたのでしょう。この襲撃は主様を探すための囮……であるならばみすみす相手の罠に掛かる必要は御座いません。」
「魔素に充てられ身体・精神に変調を来した者の回復も急ぐように。……これもわたしが出てはいけないのでしょう?」
「はい、恐れながら。相手がこの地を観測している可能性がある限り憂慮すべきかと。」
「ご報告します。転移門より現れた魔族・魔物の軍勢ですが、無事討伐隊が討ち取りました。幸い死者はおらず、魔素に充てられ昏睡状態の者が46名、軽症者278名となっております。」
「よくやった!負傷者の回復を急ぐように。主様、無事討伐隊によって事態は収束いたしました。大変無礼な進言となりますが、その膨大なる御力は来るべき日まで温存させてください。」
来るべき日ねぇ……。しかし魔族側も馬鹿じゃないことが分かった。そりゃ〝熱力学第二法則を無視する能力〟だの〝運命を操る能力〟だの〝65536のダメージを与える能力〟だのデタラメな能力者を送り込んでいれば、わたしの存在にも気が付くか。
少し希望が見えてきた。魔族側がわたしという存在に気が付き、いよいよわたしが前線に出なければならない日も遠くない。聖地の奪還には全く興味が沸かないが、ケリドウェンの魔女なる者との決着、魔女が率いる配下との死闘には非常に興味がある。
わたしは久々に、作りものではない笑みを浮かべた。




